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20190716

モノが「お嫁に」と聞くとモヤモヤする話。

手作り作家さんやお店の人が、商品が売れたときに「早速お嫁に行きました」「もうお嫁入りしました」と言ったり、SNSに書いたりするのをよく見聞きします。

買った人が女性であった場合でも「お嫁に行きました」「嫁入りしました」です。物になぞらえられるのは常に女性。比喩として「早速お婿に行きました」「もうお婿入りしました」と見聞きすることはありません(もちろん、女性と女性の結婚もありますが、その場合、どちらかが「嫁」として婚家に入るという感覚はないのでは)。

20181106

一緒にいる男女を見て夫婦と憶測することについて

電車で街なかに出たらときときどき寄る自家製天然酵母のお気に入りのパン屋さんがある。相方と2人で行くことも多いが、1人で行くこともある。何回か通ううちに顔なじみになり、スモールトークもしてくれる。

20181030

名前を聞くことと、関係性を聞くことと、どちらが失礼か

パートタイムで会社に行きだして間もなかったころ、電話で相手の会社の人が自分の名前を名乗ってから、唐突に「失礼ですが?」と言うのでびっくりした。

全く失礼ではなさそうな早口でぶつっと切れる「失礼ですが?」。「なんのことだろう?」と面食らっていると、不機嫌そうに「失礼ですが、お名前は?(怒)」と言われ、「ああ、名前を聞きたかったのか」と理解した。

20180904

女性には「娘、嫁、母として」の役割がある?

自然となるべく調和し、手のしごとを大切にするていねいな暮らし方を何十年もしている女性が、女性には「娘、嫁、母として」の役割があり、縫い物をする時間はそうした役割から逃れて、本来の自分に戻れる時間、とエッセイに書いていた。年齢も60代くらいの方なので、そういう時代に生まれ育って、相当苦労したんだろうなぁと思った。

でも、今はもうそういう生き方をしなくてもいいのに、まだそれに囚われている感じで、すべての女性に対して、女性には娘・嫁・母の役割がある、縫い物をして自分に戻れ、という考え方を提唱しているような論調だった。同じ記事に、フェミニズムの運動もしていたことがあると書かれていたので、女性にジェンダー的役割を押し付けるのがよくないという考え方に触れたことはあると思う。それなのにこういうことを今の時代にまだ言っているというのは、その後、性差別主義に転向したのかもしれない。

20180703

BBCのドキュメンタリー「Japan's Secret Shame(日本の秘められた恥)」についての記事や反応を読んで

6月28日にBBCでドキュメンタリー「Japan's Secret Shame(日本の秘められた恥)」が放送された。

著名ジャーナリストの山口敬之氏によるレイプを告発し、性犯罪に関する司法制度と被害者に対する支援体制の現状に問題提起をしたジャーナリストの伊藤詩織さんの事件を中心に、日本の根深い男女差別の問題、社会通念、性犯罪被害者が声を上げにくい日本の社会状況を伝えている。

日本では見ることができないが、番組の概要と番組の一部映像、放送後の視聴者からの反応は以下の記事にまとめられている。
「日本の秘められた恥」  伊藤詩織氏のドキュメンタリーをBBCが放送
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44638987
イギリスでは7月28日までこちらのページで視聴できる。
BBC Two - Japan's Secret Shame

20180626

ミス・アメリカが水着とイブニングドレスの審査を廃止、というニュースを読んで

ミスコンテスト(女性の美貌を品評するコンテスト)自体が嫌いで、アホらしいな、と思ってきたが、珍しくミスコンテストの記事に目が止まった。
「ミス・アメリカ」 水着審査を廃止(5 June 2018 on BBC)[英語版はコチラ→Miss America waves bye bye to bikinis]

20180619

non-binary(男でも女でもない)のジェンダーの人の結婚式に関する記事を読んで

生まれたときの性別は女性で、精神的には性が流動的な人が、結婚式の計画を立てているという記事を読んだ。
Planning my wedding as a non-binary bride(By Claire Rudy Foster, Tue 5 Jun 2018 on Guardian)
こどもの頃も多くの女の子のように結婚式の日を夢見ることはなく、いつか白いドレスを来たお姫さまになるなんて夢見たことはなかったそうだ。女の子だと自分を認識したことはなく、動物か何かに近いと思っていたという。そんな著者が結婚式をすることになり、何を着るかで悩んだというお話。

20180313

homemakerという英単語―「主婦」に代わる日本語がほしい

小豆島にあるhomemakersという店名のカフェのことをガイドブックかなにかで読んで、なんとなく頭の片隅にこの単語があった。homeをmakeする人―思い通りの暮らしの場を創造する人たちという感じで素敵な名前だなーと思っていた。

翻訳をしていて、homemakerという単語に再び出くわした。辞書では、「主婦」「主夫」が訳に当てられていたが、やっぱりしっくりこない。英語でも昔は、いわゆる「専業主婦」のことをhousewifeと言ったが、今は特にアメリカではhomemakerのほうがこのまれるそうだ。検索してみたら、full-time homemakerという表現もあった(たとえば、コチラのThe Japan Timesの記事で使われている)。日本語の「主婦」という言葉は、家事が「婦人」すなわち女の仕事、という感じがして嫌な言葉だと思うが、ほかに代わる言葉は今のところ存在しない。

20180220

性差別的で不快な言葉「処女作」について

昨夏、以前から憧れの存在だったガーデナーで絵本作家のターシャ・テューダーさんの映画を見る機会があり、ますますすきになった。暮らしについては映画で垣間見ることができたが、どのような絵本を生み出されてきたのかにも興味がわいた。

ターシャさんの暮らしをフィーチャーした本や名言集はよくあるが、絵本はなかなか見かけない。取り寄せようにも、100冊以上もあるのでどれが自分に合うかわからない。ターシャさんが手掛けた絵本の解説書を図書館で見つけ、パラパラと眺めてみた。

絵本作家ターシャ・テューダー on Amazon

ところが、著者が「処女絵本」「処女作」を連発するので途中で嫌気がさしてきた。

20180213

店の人のプライバシーを侵害する下世話な客について

しばらく前に、友人からこんな話を聞いた。

親しくしているお店に寄ったとき、客が2人やってきた。死んだ魚のような目をした年配の女性と、やや若く見えるが死にかかった魚のような目をした女性だったらしい。お店は女性と男性で切り盛りしているのだが、お店の男性が離れたすきに、お店の女性に「あれは彼氏ですか?」と年配の女性が聞いた。友人は内心、「それ、(お店と)関係あるかよ?」と呆れ返ったそうだ。

20180130

女性は人に会うときは化粧をしないと失礼という暗黙の掟について

現在の日本社会には、外出するときに女性は化粧をするべきという見えない圧力があるが、その圧力がなかったとしたら、化粧をしたいか、したくないか、というオンラインアンケートに協力した。

化粧ほど世間からとやかく押し付けられるものも珍しい。学生のころは少しリップグロスをつけたくらいで、「化粧は不良」と文句を言われ、運がわるければ処罰にあう。成人したら今度は「化粧しないのは失礼」だと言われる。化粧なんかしたけりゃしたらいいし、したくなきゃしなくていい個人の自由なのに、してもしなくてもあれやこれやとまわりからうるさく言われる。化粧品は価格の多くを広告宣伝費が占めるとも言われ、広告の影響が大きいのではないかと思う。

20171219

同性婚合法化をめぐるオーストラリアの国民投票の記事を読んで

先月、同性婚の合法化を支持するかどうかの国民投票の結果についてのニュースを読んだ。オーストラリアでは投票した人のうちの61%が同性婚の合法化に賛成、38%が反対という結果になったそうだ(投票率は79.5%)。

オーストラリア国民投票、同性婚の合法化を支持 CNN 2017.11.15
https://www.cnn.co.jp/world/35110416.html

賛成が多数派を占めたので、合法化に向けて政府が動き出すということで安堵する反面、「4割近くも反対なの?」と残念にも思った。誰を好きになるかなんて人の勝手だし、お互いに幸せだったらそれで問題ないのに、「結婚していいですよ」なんて全くの他人に許可をもらう必要があるんだろうか。

20171205

コンビニでのポルノ雑誌販売停止、広まることを願う

大学生のとき、イギリスから来たばかりの留学生のチューターというのをしていた。日本語を勉強するのを手伝ったり、役所での手続きや買い物などでの言語サポートをしたり、いろんな相談にのったりする仕事。最初の任務は成田空港までの出迎えだった。イギリスでも日本語を勉強してきた彼らは、電車に乗ると日本語で書かれた文字を次々に発音しはじめた。

そのうちの1人が中吊り広告を読んでいて顔をしかめた。下世話な週刊誌の見出しが躍る中吊り広告は、汚らわしい言葉がたくさん並んでいた。わいせつな文言もあり、公共の場にこのような言葉があるなんてとんでもない、と思ったようだった。

20171121

「男尊女子」―女性にも見られる「男が上で女が下」という意識

本屋さんにふらっと寄ったら、こんな本が視界に飛び込んできた。

男尊女子
『男尊女子』。「男尊女卑」の考えは女性の側にも染み付いているのではないかと、酒井順子さんが考察したエッセイだった。

20170320

自立した女性の夫を雑誌が「ご主人」と書くことに感じる違和感

書店で見かけるとつい手が伸びる好きな雑誌の1つの最新号に、知人が出ていたので読んでみたのだけど、彼女の夫のことが「ご主人」と書かれていて、その雑誌らしくない感じがした。

その雑誌は、環境に配慮した暮らし方に特化したライフスタイルマガジンで、フェアトレード製品の紹介なども多い。フェアトレードは、女性の地位向上とも密接な関係がある。環境や社会の面で比較的進んだ内容を扱っている雑誌なので、「ご主人」といった賞味期限が切れつつあるような(私のなかではとっくに切れている)言葉を多用するのが、とてもこの雑誌らしくなくて、残念だと思った。

20170302

セルフビルドのテレビを見て思ったこといろいろ

セルフビルドでおとぎ話のようなかわいい7つの小屋を建てて、それらを住まいとしている夫婦がテレビで取り上げられていたそうで、録画を見せてもらった。

男性のほうはもともとDIYが好きで、世界中の家の建て方を取り上げた写真集を見て、「家造りってこんなに自由でいいんだ!」と感激したのがきっかけで、セルフビルドに挑戦するようになったという。女性のほうは、ひょうたんで照明をつくるアーティストで、セルフビルド最新作は女性のアトリエ小屋だった。

20161002

世間一般の固定観念通りの考えなら、人付き合いは楽かもしれないが

たまに他者と話すと、さまざまな発見がある。

世間一般の固定観念に考えが符合している人はさぞかし生きるのが楽だろうなぁと思うことがあった。結婚や出産の話題などのゴシップが好きで、男は男らしく、女は女らしくといったジェンダー観は世間一般の固定観念の通り。地位や名声などのラベリングによって他者を評価する。そういう人たちは友人も多く、SNSも楽しんでいるし、人の集まるところにでかけていくのも楽しそうだ。かたや、私は個人の自由を阻害する固定観念が大嫌いで、大勢といても孤独を感じ、たいていの人間と過ごすのは苦しい。

ゴシップやジェンダー差別、地位や名声などによる評価など、そういう固定観念に染まった話を聞いていると、私は次々に疑問が浮かび、その疑問を投げかけたい気持ちを抑えるのだが、相手は私が不快に思っていることに全く気がついていない。他者がどう感じているか、どう考えているかを察知するセンサーが鈍い人のほうが世の中には多く、そういう人たちも生きるのが楽そうに見える。私はただひたすら我慢して聞き、相手は気持ちよく滔々と話し続ける。

反論せずに我慢して聞くのは、相手の反応が先々までだいたい予想がつくからだ。反論したところで理解されない可能性が高い。理解されずに激怒されて終わるだけだ。相手が固定観念に気がつくまでには恐らく、長い時間がかかる。死ぬまで知らずに過ごすかもしれない。そのほうがその人にとってはもしかすると幸せなのかもしれない。それに、私が何か言ったところで、気づくきっかけを与えられるどころか、むしろ余計に凝り固まる可能性のほうが高い。だから私は黙ってただひたすらやり過ごす(わかりそうな相手で、相手のためになるかもしれない場合には少し意見を言ったりもするのだが)。

こうやってやり過ごすのはしんどい。しかし、そういう人たちと自分をもう少し広い視野で見てみると、自分のほうが自由度が高く、幸せな気分でいる時間が多いということに気がつく。

そういう人たちは、結婚や出産、地位や名声のある仕事など、世間的な幸せにとらわれている。それを手にしている場合でもそんなに幸せそうには見えない。手にしていない場合は、手にしなければ不幸だという気持ちでいる。餓鬼のように渇望して苦しんでいる人もいる。

自分らしさや自分のしたいことという点でも、自分は男だからといわゆる女らしいと言われている性質を押さえ込んだり、自分は女だからといわゆる男の仕事とされているものには最初からできないと決めつけていたり(逆も然り)していて、非常にもったいないと思う。他者から得る気づきも、世間一般の固定観念という色眼鏡を通して見ているために、まっさらな目で見ているよりも大幅に少なく、しかも歪んでいることが多い。

世間一般と一緒に過ごす時間という短いタイムスパンでは、そういう人たちのほうが楽かもしれないが、人生全体の時間で幸せな割合を比べてみると、恐らく、固定観念を捨て去ったほうが幸せな時間が多くなると思う。自分はこれからも、孤独を恐れず、自分の自由意志を大事に世の中を見て学び、自分の人生を楽しんでいきたいと思った。

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20160910

「イクメン」「ペアメン」という言葉に感じる違和感

以前、「ワーキングマザー」「働くママ」という言葉に違和感を感じるという話を書いたときに、「イクメン」という言葉についてもまた追々書きます、と書いたのに、すっかり忘れていました…。すみません。今日こそは書きます。

収入を得るような仕事をする母親、特に会社で働く母親は特殊だと言わんばかりに、「ワーキングマザー」というような特別な名称が使われるようになっているのと同様、「イクメン」=育児をする男性というのも特殊だと言わんばかりの言葉です。

最近、よく聞くようになりましたが、男性が育児をするってそんなに特殊なことなんでしょうか。もう21世紀、2016年ですよね?? 育児をする女性を指す言葉はありません。育児は当然女性がするものだと思われているからですか? 「イクメン」も「イクボス」も「ペアメン」も、軽々しくて不愉快を感じる言葉です。

私が男で父親で、「イクメン(育児をするMEN[=男性])」とか「ペアメン(parenting menの略で親の務めをする男性)」とか言われたとしたら、「親なんだから当たり前やろが!特別視してんじゃねえ!」とイラッとすると思います。「えらいでしょー!でへへっ」とかなる人いるのか?

ジェンダー問題についてよく書かれている香川のブロガーのyossenseさんも、このことについて何か書かれているかな?と思って検索してみたら、やっぱり、イラッとするそうです。
2014年12月5日 「イクメンですね!」と言われるとイラっとするという話
ヨスさんの記事を読んで、現代の会社の働き方では、男性が育児休暇を取りにくかったり、男性が育児に関わることが制度的に難しいという視点が、私の忘れがちな視点だったなと思いました。うちの父は会社員ではなく、自営業でいつも家にいましたが、育児は母がするもので、威張るのが父の役目だと思っている節のある人でした(立派な名言も聞かせてくれたし、生活に必要なお金をつくってくれたし、感謝をしている面も多いのですが、そういう男女差別の考えは嫌でした)。

なので、会社員のお父さんというのは、直に経験をしたことがないので、どんな感じなのか、想像が薄いのです。確かに、関わりたくても関われないという父親も多いだろうなぁと思いました。「イクメン」など、育児をする男性を特別視して持ち上げるような言葉を流行らせて、根本的な解決をせずに、個人の努力でどうにかさせようとしているのではないだろうかとも思いました。

スピリチュアルな観点でどうこうというのはよくわからないですが、親が二人いるというのにもきっとわけがあると思います。女だけがやるものでは本来ないはずです。父親が死んじゃったとか、失踪したとか、そういう特殊な緊急事態に備えて、女だけでも育てられるようにできていると思いますが、それはあくまでも特殊事態であって、二人でいるなら普通は二人で育てるものだと思います。

育児は母親だけがするのが当然で、父親がするのはめちゃくちゃ特殊なことなんていう状況だと、父親から子どもが得るものってお金とDNAくらいのものですよね? そんなの悲しすぎるではないですか。

二人の異なる人間が子育てに関わることで、子どもに何らかの良い影響があるのだと思います(一人親に育てられた子どもが不十分だと言っているわけではありません。人間はさまざまなものからインスピレーションを受けて育っていくものだと思うので)。それだけではなく、子どもを育てることで、親にも人として成長するのに重要な経験が与えられるのだと思います。よく、「子育て」は「共育ち」というような言い方もされますが。

ちなみに相方は、子どもにもニックネームで呼んでもらうと言っています。対等に人間として付き合いたいからだそうです。「お父さん」など関係性の名称にしてしまうと、上下関係が生じるからだということです。母が姪に、私のことを「おばちゃん」とは絶対に呼ばせないと言って、ニックネームで呼ぶように教えこんでくれたのですが、確かに、「お年玉ちょーだいっ」みたいな関係ではなく、対等な友だち感覚で、保育園や学校で起こったこと、考えていることなどを、いろいろと話して聞かせてくれます。相方いわく、「これからは個人の時代よ」と言っていました。こういう相方と話していると、「イクメン」なんて言葉が何世紀も前の言葉のように感じます。

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