20180703

BBCのドキュメンタリー「Japan's Secret Shame(日本の秘められた恥)」についての記事や反応を読んで

6月28日にBBCでドキュメンタリー「Japan's Secret Shame(日本の秘められた恥)」が放送された。

著名ジャーナリストの山口敬之氏によるレイプを告発し、性犯罪に関する司法制度と被害者に対する支援体制の現状に問題提起をしたジャーナリストの伊藤詩織さんの事件を中心に、日本の根深い男女差別の問題、社会通念、性犯罪被害者が声を上げにくい日本の社会状況を伝えている。

日本では見ることができないが、番組の概要と番組の一部映像、放送後の視聴者からの反応は以下の記事にまとめられている。
「日本の秘められた恥」  伊藤詩織氏のドキュメンタリーをBBCが放送
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44638987
イギリスでは7月28日までこちらのページで視聴できる。
BBC Two - Japan's Secret Shame

記事でも紹介されているが、The Guardianに掲載されたレビューも極めて的確だった。
Japan’s Secret Shame review - breaking a nation’s taboo about rape
私は、この事件について初めて知った昨年以来(当初は家族に誹謗中傷が及ぶのを避けるために詩織さんとだけ名前を明かしていた)、伊藤さんの勇気ある告発に心を打たれ、どうにかならないものだろうかと憤慨していた。BBCがドキュメンタリーを制作しているという情報も耳にしていて、これで少しは、よい動きがあるといいのだけど、と期待していた。イギリスでは大きな反響を呼んだようで、ツイッターで#JapansSecretShameというタグには多くのコメントが投稿され、さまざまなメディアでも取り上げられている((ちなみに、ツイッター投稿を見る場合は、検索する際、英語で絞り込む必要がある。日本語の投稿は誹謗中傷も多い)。

伊藤さんは著書『Black Box』に、この事件について詳細に書かれている。私が読んだ印象だが、この本は、あくまでもジャーナリスティックに、淡々と、事実と考察が記されている。また、性暴力被害者に対しては、トラウマがフラッシュバックしてしまうかもしれないとまえがきで注意を促している。

最も唖然としたのは、自民党の現職議員でしかも女性の杉田水脈(すぎたみお)議員のコメントだ。BBCの記事より抜粋する。
番組の取材に対し杉田議員は、伊藤氏には「女として落ち度があった」と語った。
「男性の前でそれだけ(お酒を)飲んで、記憶をなくして」、「社会に出てきて女性として働いているのであれば、嫌な人からも声をかけられるし、それをきっちり断るのもスキルの一つ」と杉田議員は話している。
山口氏の主張だけを受けての擁護論だということだけでも呆れるが、こういう人権意識がゼロに近い人が国会議員だという事実に愕然とする。国会議員には、まっとうな人権意識を持ち、頭も心も優れた国際社会に恥ずかしくない立派な人格者になってほしい。仮に山口氏の主張が事実だったとしても、泥酔していて判断能力のない人と性行為に及ぶというのは合意のない性行為であり、合意のない性行為はレイプである。泥酔している相手なら、自分のホテルに連れ込むのではなく、病院に連れていくか、家族に連絡をするのが普通ではないか。

BBCの記事によると、ツイッター上でも、「アイルランド在住のシネイド・スミスさんは #JapansSecretShameを見ている。ショックだし、ものすごく心が痛い。何がいやだって、女性が女性を攻撃してること。被害者を支えるんじゃなくて、女性が彼女を責めてる……。犯罪を犯した男を責めなさいよ!」という反応があったという。

女性に我慢を強いる社会の圧力、刷り込み。そういうものが存在するからこそ、日本では性犯罪被害者が声を上げにくいと、番組でも指摘されている。女性ですら、セクハラをかわせてなんぼだとか、武勇伝のように語る人もいるが、セクハラはするほうが絶対にわるい。女性がどんな格好をしていようが、性暴力をするほうがわるい。日本では、女性に気をつけろとばかり言い、性暴力や性的嫌がらせはしてはいけないとは教育しない。そのせいで、気をつけなかった女性がわるいと、被害者だけが責め立てられるのではないだろうか。たびたびこのブログでも取り上げているが、根底に男女差別がある言葉づかいも(「主婦」「奥さん」「主人」「モノが嫁に行く」など)、そうした刷り込みに大きく影響していると思う。

また、こうした意識があるからこそ、警察の性犯罪被害に対する捜査体制も旧態依然のまま。伊藤さんは、被害を申し出ると、取り調べの際、加害者の代わりの実物大の人形を載せられて動かされて写真を何枚も撮られ、気分がわるくなったとBBCの記事の3本目のハイライト動画で語っている。捜査員は男性だけ。こんな捜査があるなら、絶対に警察には行きたくない。ただでさえしんどいのに、こんな捜査、トラウマでしかない。交通事故の現場検証じゃあるまいし、どうして、どんなふうに相手が動いて、なんて捜査が必要なのか。DNA鑑定とか、防犯カメラの映像、目撃証言、物的証拠など、そういう証拠だけで捜査できないものなのだろうか。被害者の気持ちを考えてほしい。

支援センターもお粗末すぎるもので、都内唯一の支援センターには2人しか相談員がおらず、レイプキット(暴行直後に法医学的証拠を残すためのキット)もセンターでは渡せないという。レイプキットは、警察にはあるらしいが、病院の場合は限られた病院にしか置かれていないという。そういうものがあることすら、女性には伝えられていない。知っていたとしても、望まない妊娠を避けるために、警察に行くよりもまず病院に行くものだろう。すべての病院にレイプキットを置くべきだと思う。

BBCの記事と視聴できた人の話によると、BBCの映像では、伊藤さんと山口氏双方の主張が述べられているという。山口氏はネット動画の番組で自ら語っている様子が取り上げられている。双方の主張で食い違う部分もあるが、伊藤さんは、世界に名だたるBBC(ちょっとでも間違ったことを報道すれば袋叩きにあうだろう)で主張しているのに対し、山口氏は、自分と思想の近い右翼系メディアでしかものを言わない(見ている人もネトウヨで持ち上げられるだけ)。真実を述べている可能性が高いのは、どう考えても伊藤さんだと思う。

それに、伊藤さんは顔と名前を出して事件を公表することに、メリットよりもデメリットのほうが大きい。警察にも「(訴えれば)ジャーナリストとして生きていけなくなるよ」と言われたという。伊藤さんは訴えの後、家族の写真まで勝手に公開され、汚い言葉で罵られ、誹謗中傷にさらされている。番組では、「伊藤氏が簡易版の盗聴探知機を買い求め、自宅内を調べてみる様子も映し出した」という(映像を見た人によると、盗聴器が発見され、淡々と取り外していたそうだ)。こんな危険や災難が降り掛かっても、それでも訴えを止めないのは、性犯罪の被害にあった人を助ける、あるいは性犯罪が起こりにくい世の中に日本を変えるために、必要な行動だと思っているからだと思う。

日本にだれもがまともな人権意識を持ち、それがすみずみまで実践されている社会が一刻も早く実現されることを願う。そのためにできることがあれば、ささやかでもやっていきたいと思う。
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事件の概要は、BBCの記事を(映像が見られる方は番組を)ご覧いただけたらと思うのだが、この事件について初めて触れた方のために、私の知っている範囲で概要を記す。

伊藤さんは、当時TBSのワシントン支局長だった山口氏に仕事の相談で食事に行った際、山口氏にレイプされたという。警察に被害届を出し、立件は難しいと捜査員に言われながらも、伊藤さんが山口氏に引きずられていく防犯カメラの映像があったおかげで逮捕令状が出たにもかかわらず、成田空港で逮捕の直前に山口氏の逮捕は見送られ、不起訴処分となった。安倍首相の伝記を著すほどの首相に近い人物であるために逮捕を免れたのではないかという識者もいる。

山口氏は、伊藤さんが泥酔し、駅に置いていくわけにはいかないが、自分はホテルで仕上げなければならない仕事があったのでホテルにつれていき、行為はあったが、合意の上だと主張。伊藤さんは、お酒には強く、あのくらいの量で記憶をなくすということはありえないと著書『Black Box』のなかで語っている。睡眠薬などで一時的に記憶なくす「レイプドラック」と呼ばれるものを入れられた可能性が高いのではないかと、本人だけではなく、こうした件に詳しい弁護士も述べている。時間が経った後で医学的証拠を得る方法は今のところない。合意はなく、激しい痛みで意識が戻ると、山口氏にレイプされている最中だったという。

伊藤さんの日本外国特派員協会での記者会見の書き起こしから、以下を引用する。
確たる証拠9つ
この本の最後にも書きましたが、私も山口敬之氏も認めている事実、確たる証拠が得られている事実は以下の通りです。
1.TBSのワシントン支局長である山口氏とフリーランスのジャーナリストである私は、私がTBSワシントン支局で働くために必要なビザについて話すために会いました。
2.山口氏にあったのはこれが3回目で、2人きりだったのはこれが初めてでした。
3.そこに恋愛感情はありませんでした。
4.私が泥酔した状態だと山口氏は認識しておりました。
5.山口氏は自身が滞在しているホテルの部屋に、私を連れて行きました。
6.性行為がありました。
7.私の下着のDNAを検査したところ、そこに付いたY染色体が山口氏のものと過不足なく一致したという結果が出ました。
8.意識のないまま引きずられていく私が映ったホテルの防犯カメラの映像、タクシーの中で「駅で降ろしてほしい」と、私が繰り返し言っていたというタクシー運転者の証言などを集め、警察は逮捕状を請求し、裁判所はその発行を認めました。
9.逮捕の当日、捜査員が成田空港で帰国する山口氏を待ち受けると、当時の刑事部長の中村氏によって逮捕が突然取りやめられました。
以上の9点です。これだけの事実があっても現在の日本の司法システムでは、事件の起訴をすることさえできません。
(敬称について、誤解があるといけないので一応断っておく。伊藤さんには親しみと敬意を感じるので「さん」とさせていただき、山口氏にはそうしたものは感じられないので「氏」とする。)