20141028

バジルがたくさん

【旧暦閏月五日 月齢 4.2 霜降 霎時施こさめときどきふる

お米やさんにお米を買いに行ったら、たくさんのバジルをいただきました。

花が咲き始めていることもあって、すごく香りの強いバジルで、お店の中がバジルの香りでいっぱいになっていました。常連さんからのいただきものだそうで、こんなに食べきれないから、良かったら食べてもらえると助かる、と分けてくださいました。

冗談で「食べきれんかったら川にほってもええでー」とおっしゃるほどの大量のバジル。さて、どうしようかな。

冷蔵庫なしの生活を始めて半年が過ぎ、保存の仕方がだいたいわかるようになってきました。まだ試行錯誤のさなかですが(^^; 干すか、漬けるかのいずれかです。

一部はジェノベーゼにしようと思ったのですが、ナッツ類を切らしていて作れず・・・。ネットで調べたら、フランスのプロヴァンス地方のピストーというソースなら、家にあるもので作れそうでした。ピストーは、にんにくと塩とオリーブオイルを混ぜたバジルソースだそうです。

ミキサーがあると簡単にできるらしいのですが、どこにしまったか行方不明で、すり鉢を使いました。大きなすり鉢は引っ越しのときに割れて届いてしまい、金継ぎもまだなので、やむなく、小さなすり鉢で何回かに分けてスリスリ。半日かかってしまいましたが、こうして時間を贅沢にかけられるのもダウンシフトな暮らしならではかも。なめらかで香りの良いピストーになりました。じゃがいもを和えたり、フランスパンに塗ったりして食べるのが楽しみです。

茎から外して洗って水気を切り、
ひたすら刻む
すり鉢ですりつぶして
にんにくのすりおろしと
塩とオリーブオイルを加えて混ぜる
冷蔵庫がないので
オリーブオイルで蓋をして空気を遮断
手が疲れたので(笑)、残りは陰干ししてドライバジルにすることにしました。


乾いたら細かくしてバジルソルトにする予定です。いただきものがおいしいごちそうに変身。これだから、手を動かすのはおもしろいんだな~。

20141026

かぼちゃのおやつ

【旧暦閏月三日 月齢 2.2 霜降 霜始降(しもはじめてふる

ある日の昼下がり。本棚の前で、相方がお菓子の本を広げて考え込んでいました。

「どしたん?クッキーつくりたくなったん?」
「いや、かぼちゃ余ったからクラッカーにしようと思って」
「おやつ?クラッカーがええん?」
「いや、なんでもええ」

相方は砂糖が食べられないので、砂糖なしのかぼちゃのおやつ。「おやきは?」ときいたら「食べたーい!」と言うし、「すぐ食べないなら固くなるかぁ。パンケーキにする?」と聞いたら、「それもええな〜」と言うので、間をとって、オムレットになりました。

かぼちゃが甘いので、塩で蒸し煮にしただけで、一部をつぶして生地に混ぜ込み、のこりを餡にしてはさみました。生地にも砂糖は入れず、塩をひとつまみと、アニスシードを入れました。


かぼちゃは甘龍かぼちゃという品種。産直で初めて発見した細長いかぼちゃでした。種をとっておいて来年播こうと思っています。

20141025

畑営業

【旧暦閏月二日 月齢 1.2 霜降 霜始降(しもはじめてふる

ある日、相方が畑仕事に精を出していたときのこと。

夕方、バイクでやってきたおじさんが、畑の北側の一段下がった面にある田んぼで、うちの稲穂を触ってまじまじと見ています。

「なにやつ??怪しいやつじゃ」と相方が畑から様子を見ていたら、おじさんは畑に登ってきて相方に話しかけました。

「すんませんー、あの稲は普通の稲と穂が違うけど何ていう米ですかー?聞いてもいいっすかね~」

福岡正信さんの育種したハッピーヒルだと答えると、ぴかーんと閃いた表情で人差し指をぴんと伸ばし、ズームインのポーズ(ズームイン朝という昔あった朝のニュースでアナウンサーの人たちがしていたポーズで、人差し指をぴんと伸ばした状態で前方に指を突き出す)。福岡さんを知っていて、相方も福岡さんを知っているのがうれしいようです。

栽培方法にも興味を持っていろいろ聞いてくれたので、川口由一さんのやり方で育てていると伝えると、またぴかーんとうれしそうな顔でズームインのポーズ。川口さんのやり方もご存知のよう。

おじさんは農業系の国際機関に勤めていて、有機栽培や草生栽培などに取り組んでいるものの、なかなか理解者が少なくて、地元では煙たがられることもあり、こんなところに理解者がいるなんてととても喜んでいた様子です。

相方が普段の仕事を聞かれて、翻訳の仕事をしていると答えたら、「犬も歩けば棒に当たるや~!」と、外国から研修生を受け入れるときに英語の資料を作らないといけなくて、翻訳をお願いできると助かる、とおじさんは喜んで帰っていったそうな。

せっかく香川にいて、香川に来るときもたくさんの人にお世話になったので、香川で素晴らしい活動をしている人たちの役にも立てたらいいなぁと常々思っていたところでした。畑で、こんな出会いがあるなんて。

信念を貫いて好きなことをしていたら、やりがいのある楽しい仕事が向こうからやってきてくれて、こんなことってあるんだね~と二人でびっくりしました。とはいえ、まだ口約束の段階なのですが。現実になるのかな~、なるといいなぁ~。


20141024

上達

【旧暦閏月朔 月齢 0.2 霜降 霜始降(しもはじめてふる】*今日は新月 6:57*

相方の漆喰塗りが、かなり上達してきました。

初めて塗った壁はこんな感じでした。

初めて塗った壁
これはこれで、粗い層の感じがなかなか味だったのですが、だいぶ上達して、職人さんみたいにぴかーっと塗れるようになってきました。

職人さんみたいな仕上がり
もともと繊維みたいな壁だったのが、水で濡れると剥がれてきてしまい、漆喰を塗ったと思ったらぺこぺこと浮いてきて剥がさないといけなくなることも。普通は漆喰を塗る前にスプレーみたいなもので剥がれてこないように下処理をするらしいのですが、なるべく化学物質を使いたくないので、剥いだ穴を漆喰で埋めた後、水平に塗って仕上げています。これがかなり難しそう。

木漏れ日トイレ
トイレの奥は完成。白い壁になったので、陽の光が反射して明るいトイレになりました。西側にあるので、夕方の木漏れ日がきれいです。

ここまで職人級に上達したので、私は塗らせてもらえず、麻すさ(繊維)をほぐしながら混ぜたりの、アシスタント業務が仕事です。

重たいんだな~、これが
塗らないときも毎日かき混ぜないと、表面が固まってしまうので、ぬか床のようにどちらかが混ぜるのが日課になっています。応接室にする玄関がほぼ完成で、次は縁側に入ります~。




20141023

意外だったこと

【旧暦長月丗日 月齢 28.9 霜降 霜始降(しもはじめてふる】*明日は新月 6:57*

久々にふらりとビジネス書コーナーに立ち寄り、何気なく手にとったのが、初めて部下を持った人向けの本だった。ビジネス上のドライなやり方が書かれているのかと思いきや、人間性が重視されていて意外だった。

私にとってそれはあまりに意外で、ほかの類書をいくつか手にとってみたが、どれも同じように、スキルよりも人間性が大切、と強調されていた。

こうした本のカテゴリーは「リーダーシップ」や「マネジメント」とされていたが、リーダーやマネージャー(もしくは経営者)に必要なのはスキルよりも想いで、強い想いに共感した人たちが集まって支えてくれ、自然とリーダーになるのであって、なんでもかんでもリーダーが一番できないといけないわけではない。弱音を吐いて、助けてもらえばいい、と書いているものもあり、嘘をつかれるより、弱音を吐いてもらったほうがサポートできるし、信頼できるし、いいチームになりそうだよなぁと思った。

それを読んで、高校のときの担任の先生を思い出した。彼は、ほかに夢があったが叶えるためにやらないといけないことに耐えられなくて教師になったと堂々と言ってしまう人だった。

先生になりたくてなったわけでなかったので、担当教科の授業も教え方はさっぱりで、みんな、これじゃダメだと、自分で調べ物をして勉強し、センター試験の平均点も他の同じカテゴリーの教科に比べて高かったように記憶している。

そんな先生なので、進路指導も放任で、彼のクラスの生徒は、自分で進路や受験方法を考えざるを得なかったが、そのおかげで第一志望への進学率が高かった。卒業して3年後に教育実習で帰ったときにも、「あんたたちのクラスは自立していたなぁ」と他のクラスの先生に言わるほど、印象的なクラスだった。今思えば、彼は立派なリーダーだったのかもしれない。

さらに脱線すると、managerが日本語だと「管理職」「管理者」と訳されることが多いのも誤解の素なのかもしれないと思った。manageする人、つまりmanagerは、部活のマネージャーみたいに、プレーヤーがイキイキと本領発揮できるように並走しながらサポートする人のことではないのだろうか。上から命令して、チームメイトのやることや時間を管理して、きゅうきゅうにするようなmanager=管理者・管理職では、プレーヤーは萎縮していいパフォーマンスができない。残念な訳語から、残念な固定観念が広がっていないといいのだが。

本の話に戻る。ほかに書かれていた具体的なことで印象に残っているのは、ついてきてくれる人たちの自主性を大切にするリーダー像だ。フィードバックは、相手がどう思うかに想像を巡らせてから、自由にやらせてみて細かいことまで口出ししない、部下から失敗する権利を奪ってはならない(失敗から学んでさらに大きくなる)、部下の失敗の責任は上司がとる(だから給料が高いのだから)などと書かれていて、このへんは確かに、器が大きくないと難しいよなぁと思った。

自分のコピーを作ろうとするな、というのも、意外だった。デキるビジネスパーソンが自分のコピーをつくるハウツーみたいなことを書いているのだろうという予想していたから。確かにそんなのはうぬぼれでしかないし、完璧なコピーなんてできっこない。それに、多種多様なやり方やキャラがあってこそ、人が集まってやる意味がある。コピー人間の集まりだったら、生み出せる力は足し算以下にしかならないが、それぞれ自分らしく仕事をする人たちが集まっていたら、生み出せる力は掛け算になるのだろう。マネジメントの大家ドラッカーも「20世紀を生きて」で、「異質性の中から活力が生まれるということを忘れてはならない」と書いている。

著者は男性ばかりだったが、意外に謙虚な方が多かった。かといって卑下するわけでもなく、自分を笑い飛ばせていてすかっとするという感じだ。仙人も言っていたが、男のプライドというのはとても厄介なものだ。自分を笑い飛ばせるかどうか、それが大成する第一歩なのかもしれない。

ビジネスというと、どちらかと言えば、倫理よりもお金が優先され、情よりも理屈が重んじられ、ゆとりよりも効率が追求されるイメージだったが、人間性が大切と力説されているのを見て、世の中、良くなってきているなぁとほっとした。そんな本が平積みになるほど売れているのも希望に思えた。ビジネスパーソンである以前に、パーソン―人間であるということに気付き始めた人が増えているのかもしれない。




20141022

何者でもない

【旧暦長月廿九日 月齢 27.9 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり

環境問題や人権問題、社会問題、平和のことについて、情報発信などをしていると、活動家だと見られることもある。

だけど、私はただの人。何者でもない。

見て見ぬふりができない。自分がこんな状況に置かれたら―。そういうものに出会ったとき、ただの人は何も言ってはいけないのだろうか。何もしてはいけないのだろうか。

自分はどうやら、団体行動は好きではないらしい。考え方をある程度合わせないといけないピア・プレッシャーには耐えられないようだ。かといって、先頭に立つような性格でもない。だから活動家は合っていないと思う。お金を必要以上に儲けることには興味がないから、起業家も向いていない。

しいて名前をつけるなら、実践者だろうか。日々粛々とできることをやっていく。だれにも認められなくても、だれかに疎んじられても、できることを楽しめる範囲でやっていく。

たとえそれがどんな小さなことでも、少しでも良い変化を生めるのなら。だれも目に止めないような、小さな小さな変化でも。それが重なって、大きな良い変化につながっていくのだと思うから。

想い描いていることが全部できているわけではない。だけど、まだ改善の余地があると思えば、それもポジティブに捉えられる。

でかいことをしたいわけじゃない。何かをしているからって、何かを知っているからって、すごいと思われたいわけじゃない。結果としてそうなるならうれしいかもしれないが、それは目標ではない。

でも、どうやら、潜在意識にはそういうプライドが残っているようだ。見下してくる人に触れると、悔しくなったりしてしまう。ただ、すごいことをしている人に対するライバル心みたいなものは起こらなくなったから、それは進歩かもしれない。それに、たとえば、私より後に始めて、私を追い越してもっといいことをしている人に対して、悪い感情は起こらないし、むしろいろいろ教えてほしい、自分を高めるのを手伝ってほしいと思うようになった。

少しずつ、実践を重ねていくなかで、ニンゲンのレベルも上げていけたらいいなと思う。

だって、私はただの人。何者でもないの。

20141021

一粒万倍

【旧暦長月廿八日 月齢 26.9 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり


「一粒からこんなになったんやだ!」(何弁!?)

相方が草刈りをしていて間違って刈ってもたんよ~と稲を持って帰ってきました。

この1穂に100粒くらいついていて、これは分けつした一部なのでほかに10穂くらいあるらしく、1粒の米が1000粒くらいになるって、不思議な感じがします。すごいなぁー、うーむ、生命の神秘。

しばらく飾っておいてから食べてみます~。

ちなみに、F1(一代交配種)は、撒いても親と同じものができない(雄性不稔性を使ったものは種自体できない)ので、一粒万倍ではありません。在来種・固定種がどんどん衰退してきたなかで、また見直す動きが盛り上がってきていて、香川では、ホームセンターでも固定種の野菜の種が買えるようになりました。個人の小さな選択や想いが、少しずつ、実ってきているのを感じます。

『タネが危ない』という本を読んでから、なるべく在来種・固定種の野菜を買って食べるようになりました(食べて応援というやつ)。うちで植えているのも全部在来種・固定種です。種を守っていきたいです。

著者のサイトも合わせてご覧ください。
http://noguchiseed.com/index.html

20141020

心の通ったやりとり

【旧暦長月廿七日 月齢 25.9 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり

府中にある珈琲店、南方郵便機には図書館の帰りによく寄ったものでした。サービスの珈琲をいただきながらのおしゃべりもお店へ行く楽しみでした。ある日、お店の方が本好きの私たちに、お店の名前の由来になった本を貸してくれました。サンテグジュペリの南方郵便機という本です。

南方郵便機だったかな、夜間飛行だったかな、貸してもらった本に収録されていた物語のどちらかに、職場の仲間との心の通った交流が仕事のおもしろさだというようなことが書かれていました。それだけじゃ、きっと自分は物足りないんだろうけれど、それがないと絶対にさびしいし、どっちをとるかと言われたら、きっと心の通った交流だろうなぁーと感じたのを覚えています。

フリーランスで働いていると、自由ですが孤独です。東京にいた頃は二足の草鞋で、パートタイムで出版社に勤めていて、楽しい会話や事件をみんなで解決したりといったドラマが日々あって、あまり孤独を感じずに済んだのですが、香川にやってきて、相方以外の人と話さない日も多くなっています。

必然的に、仕事の仲間とはメールのやりとりがほぼ100%になっていますが、会ったこともない人ともお菓子の話や住んでいる地域の話題で盛り上がったり、仕事以外のちょっとした話で絆ができるのが、心の潤いになっています。普段からこういうやりとりを通じて、絆を深めておくと、いざというときにふんばりが効くし、仕事の満足感が高いので、パフォーマンスが上がるような気がしています。

…というのを研究している人がいました。

New study shows we work harder when we are happy


人はHappyだと、生産性が12%上がるそうです。

返信に余計な負担をかけるので仕事の話だけに徹するように、とか、メール1件につきトピックは1つに、なんて書かれたビジネス書も多いけど、ビジネスパーソンである以前に、ニンゲンなんやから、ちょっとくらいおしゃべりしてもええんちゃうん?

相手に合わせて、仕事以外の話はしたくなさそうな人には要件だけにするようにしていますが、ニンゲンだもの、もっと仲良くなりたいなぁと思ったり。まだまだメールは修行が足りませぬ。初めてお仕事をご一緒した大先輩、ニンゲンの会話と、仕事の話をメールでするのがとても上手で、仕事だけじゃなく、そんなニンゲンの会話の面でもとても勉強になりました。

20141019

難民高校生

【旧暦長月廿六日 月齢 24.9 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり

フェイスブックで流れてきたテレホンカードの寄付の募集。虐待や性的搾取を受けている女子高生たちが、携帯電話を奪われて、公衆電話から電話をかけてくることが多く、家に眠っているテレホンカードがあったら送ってほしいという内容だった。

リンク先に飛んでみると、「難民高校生」の文字に目を疑った。家にも学校にもどこにも居場所がなく、他に信頼できる人もいない。そんな絶望的な状況に置かれている高校生のことをそう呼んでいるそうだ。

リンク先の団体である、女子高校生サポートセンター/一般社団法人Colaboの代表の仁藤夢乃さんの設立趣意書を以下に転載する。

水商売や売春、変なビデオや本に出てくる女性に偏見を持ったこともあったが、悲しい事情から巻き込まれてしまう人も多いことを知った。

世の男性のみなさんにも、そういうものを見たり買ったり、そういう店を利用したりすることで、こういう状況に加担するのはやめてほしいと節に願う。

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設立趣意書
 高校時代、私は渋谷で月25日を過ごす“難民高校生”でした。

 家族との仲は悪く、先生も嫌いで学校にはろくに行かず家にも帰らない生活を送っていた私は当時、自分にはどこにも「居場所がない」と思っていました。そして、街には同じように「居場所がない」と集まっている友人がたくさんいました。

 私は、かつての私のように家庭や学校、他のどこにも居場所がないと感じている高校生のことを“難民高校生”と呼んでいます。当時の私や友人たちは、家庭にも学校にも居場所を失くした“難民”でした。

 家庭と学校の往復を生活の軸にしている高校生は、限られた人間関係性しか持っておらず、家庭や学校での関係性が何らかのきっかけで崩れるとすぐに居場所がなくなってしまいます。“難民高校生”には、誰でも、すぐになる可能性があるのです。

 そうして“難民”となった彼らが、彼らを見守る大人のいない状態で生活するようになると、そこには危ない誘惑がたくさん待っています。若さや体を売りにした仕事や危険な仕事、未成年の少女たちの水商売や売春への斡旋の現場や、暴力、望まない妊娠や中絶など、目をつぶりたくなるような現実を、私はたくさん目にしてきました。

 ただでさえ、家庭や学校に居場所を失くして精神的に傷ついている“難民高校生”たちは、そういう世界で生活を続けるうちに「これからどうなっていくのだろう」と不安になり、「自分は何をしているのだろう」と自信を失くし、「夢や希望を持てない社会」に絶望してしまいます。

 このままの生活を続ける以外にどんな選択肢があるのかすらわからないまま、そうした生活を続けるうちに、彼らはそういう世界で生きる人たちとの人間関係しか持たなくなり、ますます“難民生活”から抜け出せなくなってしまいます。

 そして、彼らがその生活から抜け出せないまま大人になり親になると、彼らを取り巻く問題は、次の世代まで連鎖する可能性があります。

 “難民高校生”の存在は一時的なものではなく、「次の世代につながる問題」なのです。
問題の背景には、「関係性の貧困」があります。“難民高校生”の問題は、貧困問題なのです。

  “難民高校生”や予備軍のために必要なのは、家庭や学校の「外の社会」との日常的な関わりです。居場所や社会的なつながりを持っていない高校生は、「外の社会」との関わりの機会や「外の大人」との関係性を持っていません。

 居場所がない高校生を取り巻く問題は、「若者だけの問題」や単なる「個人の問題」ではなく、背景には私たち一人ひとりがつくっている「社会」があります。

 一人ひとりが、“難民高校生”や予備軍の存在や彼らの抱える問題を知り、目を向けなければこの現状は変わりません。

 しかし“難民高校生”や“難民高校生予備軍”の存在や、彼らを取り巻く問題の認知度は低く、 学校での学習に困難を抱えている人の「リスタートの機会」や、青少年と地域社会の関わりの場も少ないのが現状です。

 そのため、私たちは“難民高校生”の問題を社会に発信し、それらの認知度を上げるとともに、“難民化”する高校生を減らすため、若者の視野を広げ、「若者が夢や希望を持てる社会」を目ざして『若者と社会をつなぐきっかけの場づくり』を行います。

20141018

Intangible--目に見えないもの・形のないもの

【旧暦長月廿五日 月齢 23.9 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり

Intangible value(無形価値)は、サステナビリティ(持続可能であること)に強く興味を持つようになるきっかけとなった翻訳の仕事で出会った言葉。社会的責任投資(SRI)ファンドによる大手企業数社が生んでいる無形価値についての評価報告書に載っていた。

簡単に言うと、売上や収益などにすぐには、そして直接は表れにくい、社会や環境にどんないいことをしているかを評価した報告書だった。具体的な形として見えにくいので、目に見える売上など(tangible)に対して、目に見えないもの、形のないものという意味でintangible。わかりやすい例を挙げると、動物実験をしている化粧品会社の無形価値は低く評価されていた。

企業の取り組みについて、見えない良い影響を評価していこうという動きがあるのを知って、うれしく思ったのを覚えている。それは、巡り巡って会社の売上につながったり、将来の競争力や技術力、売上などといった長期的な価値創出になるという考え方から、企業の戦略にも関わってくると考えられるようになってきているらしい。

個人の働きについても、数量化しにくい価値、目に見えない価値を評価したらいいのになぁ、と思う。

どんなでかい会社にいたかとか、どんなでかいプロジェクトを動かしてきたかとか、そんな経験や、どんなすごい資格を持っているか、、いくつ肩書を持っているか、どれだけお金をとってきたかという業績などで、人を比べて、劣等感に押し込めたり、優越感を持たせたり、そういうのはもう、これからの時代のやり方には思えない。そんな評価は、商品タグみたいなもので、相対的な評価でしかない(これについて昔書いた記事)。

幸いなことに、私の生んだ無形価値を評価してくれる人は、これまでにたくさんいた。売上を増やしただとか、そういうtangible value(だれにでもわかりやすく目に見える価値)は直接的には一度も出したことがない。

でも、組織の雰囲気を良くしたり、みんなが協力して動きやすいようにアイデアを出したり、必要とされている情報を提供したり、好きでやってきたことの結果を良い影響として評価して、わかりやすい形で報酬をくれた人も何人かいる。学生時代、運転免許をとらせてくれたオーナー。会社にかけあってくださり、「これ以上は無理だった、ごめんなさい」と時給を200円あげてくれた部長。気持ちがとてもうれしかった。目に見えないものも理解できる人たちに囲まれて働けたことを、今でも幸せに思っている。

数字や商品タグみたいなものにばかり目を奪われていたら、人の本当にいいところには気づけない。気づけなければ、伸ばせないどころか、踏み潰して折ってしまうことだってある。

私がここに書いている文章を、いつも読んでるよ、元気をもらったよ、あれ、よかったね、と励ましてくれる人たちがいる。そういう人たちの励ましのおかげで、私はこうして書き続けることができるのだが、そうした励ましは、私が書かない限り、顕在化はしない。

私がここに書き続けられるのにはエネルギーがいる。その物理的な源になっているのは、お米や野菜で、お米や野菜を作ってくれた会ったこともない農家の人、私が買ったお店で働いている人たち、お店まで運んできてくれた人たち、見えないところで私のことを支えてくれている人たちがたくさんたくさんいる。そういう人たちの営みも、私が書かない限り、顕在化はしない。

顕在化はしないが、その目に見えない価値は存在し、共鳴し、増幅し、私にすごく大きな力を与えてくれている。

私の文章というこの小さな例から気がついたことは、多くの偉業も無数の人々のintangible valueに支えられて成し遂げられてきたものだということ。世間では、なにかの賞をとった人だけがもてはやされるが、そのかげにたくさんの人のintangible valueが隠れている。自分1人でとれた賞ではないと語る人もいる。

だれもが素晴らしい働きをしている。それが巡り巡って、どんな大きな良い結果につながっているかわからない。目に見える結果の大小で、認証ラベルみたいなもんだけで、おれはすげえ、おれはまだまだだめだ、あいつはすげえ、あいつはしょぼい、なんて言うのは、もうやめにしないか。

20141017

秋の夜長に

【旧暦長月廿三日 月齢 22.9 寒露 菊花開(きくのはなひらく

我が家にはテレビがないこともあり、秋の夜長に楽しみがいっぱいあります。

友だちや家族とたわいもない話をしたり、大切な人に手紙やメールを書いたり。

縫い物をしたり、アクセサリーを編んだり。

虫の声に癒されながらぼーっとしたり。

相方と音楽をするのが一番楽しい時間です。東京のアパートではできませんでしたが、一軒家になったので、相方がアコースティックギター、私が歌います。おとなりさん(友だち)が帰ってきたのに気づかずに盛り上がってしまい、悪かったなぁ(-.-;)となることも。

演奏に疲れたら、ライブ映像を鑑賞するのも楽しみのひとつ。Mr.Childrenとスピッツの曲ははっとさせられる歌詞がいっぱいで、改めて良さを噛みしめています。終わりなき旅とeverything(it's you)は応援歌で、この2曲があったから、私は型にはまらなくて済んだように思います。

実はとても哲学的な名曲がいっぱいあったことを、最近になって知りました。相方が突然「成功も栄光も地位も名誉も 大してさ意味ないじゃん」と歌い出した「es」という曲も、とても哲学的(心理学的?)でした。

「掌」(てのひら)(動画)は、
「ステッカーにして貼られたホンモノの印 
  だけどそう主張してるほうがニセモノに見える」、
「君は君で 僕は僕 そんな当たり前のこと 
 なんでこんなにも簡単に僕ら 忘れてしまえるんだろう?」、
「ひとつにならなくていいよ 認め合うことができるなら」 
「それで素晴らしい」など、

外付けの評価なんてなくたって、人はそれぞれ生まれながらに素晴らしいものを持った存在で、そのままでみんな素晴らしいということ、それを認めることが平和な在り方であること、1つになろうとしなくても、お互いをありのままに認め合うことができたらそれでいいのだということを思い出させられます。

最近、特に励まされているのはスピッツの「ランプ」、「小さな生き物」、「野生のポルカ」です。これからも我が道を行こうと思わしてもらってます。

20141016

観察

【旧暦長月廿ニ日 月齢 21.9 寒露 菊花開(きくのはなひらく

台風18号が来て、まもなく収穫の稲があちこちで倒伏していました。うちの稲も一部倒れていて、勝手に起きた稲もありますが、倒れたままのものも少しありました。

まわりの田んぼでは、台風19号が来る前にと急いで稲刈りをしていました。うちの稲はまだ登熟中で収穫は10月の下旬になりそうな感じだったので、また倒れてしまったらどうしようかなぁと思っていたら、稲を複数本結んで上手に立たせている田んぼを発見。



倒れたらこうしたらいいのかぁ。器用やなぁ、知恵やなぁと感服しました。

20141014

作る暮らしは自由をくれる

【旧暦長月廿一日 月齢 19.9 寒露 菊花開(きくのはなひらく

東京時代にお世話になった洋裁教室の先生のブログに、「手作りは自由をくれます。」という話が書かれていて、とても共感しました。

香川に来るにあたり、パートタイムの仕事をやめてしまったので、収入ががくっと減り、私も「なぜこれで食えているんだろう?」という状況になりました。「お金がかからない暮らしになった」とは言っても、国保税や電車賃など、かかるお金はかかるので、何度か危機的状況が訪れ、そのたびになぜか助け舟がやってきて、助かるという不思議。情けないとまでは思いませんが、もう少し、自分が好きで得意なことを社会の役に立てて、喜んでもらった結果のお礼としてのお金をもっともらえているといいのだけどなぁ、と思ったりもします。

それでも、毎日は楽しくて楽しくて。時間は自分の自由に使えるし、出て行くお金が少ないから、やりたくないことまでお金のためだけにやる必要がない。どこかの組織で働き続けるためにと、組織の考え方に無理に合わせる必要がないから、自分を失わないで済み、思考の自由があります。

炊飯器でなく、土鍋でご飯を炊く。珈琲豆を自分で炒る。おやつを手作りする。洗濯機でなく手で衣類を洗う。野菜を育ててみる。ほつれたものも補修して大事に使う。アクセサリーを編む。コンポストトイレを作る。自分たちで家のリノベーションをする。

手作りをしたり、シンプルな道具で手作りに時間をかけたりすると、もともとできあがったものを買うよりも、かかるお金はずっと少なく、自分の眠っていた技術が呼び覚まされることもあります。

疲弊するほどなんでも自分でやろうとするとしんどくなってしまいます。今は少しずつシフトしていっているところです。自分が得意で、人に喜んでもらえることをして、それでお金になるのなら、そのことに集中してお金に換えて、そのお金で、自分がしてほしいこと、手伝ってほしいことを、好きで得意な人にやってもらえる、というくらいが私にはちょうどいいように感じています。

香川で自給自足の暮らしをしている人が、お金がたまってから自給自足の暮らしをする、と思っていては、いつまで経ってもできないとおっしゃっていて、とても納得しました。こちらでもバイトをしようかとも思いましたが、やりたくないことまでお金のためだけにやってどうするんだろうと思い、節約を頑張ることにしました。東京時代はあんなに続かなかった家計簿も続けられるようになったし、めんどくさがりも治ってきたし、体力もついてきたし、おやつのレパートリーも増えたし、と、できることが増えました。それがそのまま、自給自足の暮らしに必要な基礎体力になるので、ちょっとくらい苦しくても頑張ります^^

20141013

バースデーケーキ

【旧暦長月廿日 月齢 18.9 寒露 菊花開(きくのはなひらく

最近、相方の誕生日がありました。バースデーケーキはどうしようかなーと思っていましたが、相方は最近歯の調子があまり良くなくて、甘いものがしみる砂糖探知機のような歯をしています。いちごのネオニコ(浸透性農薬で洗っても落ちない)も怖いし、二人とも生クリームが苦手。バースデーケーキはあきらめていました。

でも、誕生日だからやっぱり食べたいよね、ということで、オーブンなし、砂糖なしでバースデーケーキを作ることに。オーブンなしは慣れているからどうにかなるけど、砂糖なしのほうがなかなかの難題。メープルシロップも、アガベシロップも値段がはるし、安全な麹(甘酒にする)は近所では手に入らないし、うーん、どうしようと考えた結果、名案が浮かびました。

ストレート果汁のりんごジュースを煮詰めて甘みを強めて、有機栽培バナナも生地に混ぜて甘みをつけました。オイスカの平飼い卵が近所で手に入るので奮発。やっぱり卵を入れるとふっくらするなー。鶏さん、卵をありがとう。パンケーキを3枚焼いて、間にクリームとスライスしたバナナをはさみました。クリームは、有機豆乳に塩ひとつまみと穀物コーヒーを入れて、コーヒークリーム風に。水溶き片栗粉でとろみをつけたら、かたさはカスタードクリームみたいな感じになりました。

1/8カット
材料費と燃料費を合わせても、ケーキ1ピース分くらいの値段でできていたと思います。手を動かすのは楽しいし、歯も痛くならなかったし、砂糖とは違う複雑な甘さでおいしかったし、やっぱり自由を手に入れるには自分でつくることだなぁーと実感した誕生日でした。

とある秋の夜の会話

相方:男のプライドというのは一番恐ろしいもんやぞ。

tom-tom:ほんまやな〜。身を滅ぼすなぁ。

相方:そこから、戦争から人殺しから生まれてくるからね。

20141012

月桃の障子紙

【旧暦長月十九日 月齢 17.9 寒露 鴻雁来(こうがんきたる


まともな障子紙が見つからなくて、止まっていた初めての障子貼り。相方ががんばって、ほんまもんの障子紙を見つけてくれました。

〈素材工房〉月桃障子紙~沖縄産月桃を使用した自然素材の障子紙
http://sozaikoubou.com/goods/syoujikami/gettousyoujigami.html

沖縄の月桃という植物の茎を使った障子紙です。無漂白パルプの手漉きの障子紙はどれもとても高かったのですが、この月桃の障子紙はそれらに比べると良心的な値段でした。

原料の植物が沖縄県産の月桃だとわかっているのも安心できます。熱帯雨林などを破壊したり、原住民を追い出したりしてとってきた木材だと悲しいので。

貼ったらどんな雰囲気になるのか楽しみです。

20141011

実りの秋

【旧暦長月十八日 月齢 16.9 寒露 鴻雁来(こうがんきたる

「タダで果物が穫れるって初めてやー!」と、相方が喜んで庭の柿をとってきてくれました。もともと庭に植わっていた柿の木、実がオレンジ色に色づいてきました。実りの秋ですね。

今住んでいる綾川町は、土壌が粘土質で、おいしい柿がとれることでも有名なのだとか。ほったらかしでもおいしい実をつけてくれています。

この間は、山の上の温泉に自転車で行ったら、途中に栗の木があり、道端に落ちた栗がごろごろ転がっていました。私は度胸がなくて見ていましたが、相方が大喜びで拾ってきてくれました。もともと栗の畑だったようですが、草がぼうぼうと生え、幹には蔦がからまっていて、後継者がおらずに、放置された畑のようでした。栗ご飯にちょうどいいくらいの量をありがたくもらって帰りました。

表の庭には、渋柿もなっていて、食べごろがよくわかりません。甘くなるとひよ鳥が食べに来るので、ひよ鳥が食べる実を観察して、食べごろを教えてもらっています。

20141010

二度目のペアカット

【旧暦長月十七日 月齢 15.9 寒露 鴻雁来(こうがんきたる

暑さも落ち着いたので、また相方とお互いに髪を切りっこしました。非電化工房のお弟子さんたちがペアカットをしているというのを読んで、香川に来たのを機に、二人でお互いの髪を切るようになりました。今回は姿見を設置して確認しながらできたから安心感が違いました。

私の髪は丁寧に丁寧に切ってくれたので、5時間くらいかかり、二人ともへとへとでした。最近は、漆喰ぬりを毎日のようにやっているためか、髪を霧吹きで濡らすときに、漆喰を塗る前に壁に水をかけるときみたいにぴしゃーっと霧吹きをかけられて、「壁やないんやから!」と怒ったりと、今回もいろいろなおもしろいことが起こりました。

今回は図書館でセルフカットの本を借りてきて、新しいセニング(毛量をすくこと)の技も覚えました。一つずつ、できることが増えていくのは楽しいです。慣れてきて、余裕が出てきたら、おしゃべりも楽しめると思うので、絆を深めるのにはなかなか良い時間だと思います。

20141009

月食

【旧暦長月十六日 月齢 14.9 寒露 鴻雁来(こうがんきたる

昨夜の皆既月食、みなさん楽しまれましたか? 

間伐材のヒノキの丸太に座って、スタンバイしていましたが、あいにくの曇り空に途中から月が隠れてしまいました。虫の声をBGMに、自転車で月夜のサイクリングへでかけ、一瞬だけ雲間からかけた月を見ることができました。家に帰って、Facebookを開けてみたら、タイムラインで日本各地からお友だちのみなさんが載せられている写真のおかげで、いろんな景色の月食を見られて楽しかったです(*^_^*)

昨日は、空と写真で月を見ていて、「天に私覆なく、地に私載無く、日月に私照無し」という言葉を思い出していました。

つらいことや悲しいことがあるとき、その状況に閉じ込められて視野が狭くなりがちで、苦しさから抜け出せないこともあります。空を見上げることは、そこからふっと抜け出すきっかけを与えてくれるような気がします。あの月の目から見たら、この状況はどう見えるのだろう。

20141008

自然治癒

【旧暦長月十五日 月齢 13.9 寒露 鴻雁来(こうがんきたる】*今日は満月*

稲が登熟してきました。


「たいへんや! 稲が全部黒い…」
と相方が愕然としていて見に行ったら、全部ではないものの、焦げ茶か黒っぽい色をした稲がありました。

ネットで調べたら、イモチ病に似ていました。カビの一種なので、有用菌にカビを食べてもらうえひめアイ作戦で行こうと、えひめアイをたくさん仕込みました。

数日後、見に行ってみると、えひめアイをまだかけていないのに勝手に治ってていました。きっと自然治癒力なんだろうなぁ。稲麹も見かけましたが、病的な黒さの米はぐんと減っていました。仕込んだえひめアイはまた何かで使おうと思います。

この間の台風で少し倒れていましたが、ほとんどみんなピンピンしていて、 ほっとしました。稲刈りまで、お天気に恵まれますように。

20141006

田舎暮らしの教訓

【旧暦長月十三日 月齢 11.9 秋分 水始涸みずはじめてかるる

古い障子をはがしていたら、かわいい猫の足跡が。伸ばし伸ばしにしてきた障子貼りに取りかかっています。


「今日できることを明日に回すな」はよく言われる格言ですが、私と同じく、田舎暮らし1年目の友人が、彼女の田舎暮らしの先輩に教えてもらった教訓を私にも教えてくれました。

田舎暮らしは、やることがいっぱいありすぎるので、継続できるようにするためには、「明日できることは明日やろう」なんだそうです。確かに…。やってみて納得です。ちょっと気が楽になりました。

東京にいたころは、何でもできると思っていたものでしたが、実際には、都会暮らしから田舎暮らしにシフトしたばかりだと、体力も追いつかないのです。引っ越したばかりのころは、自転車で買い物に行くだけでもくたびれていました。畑仕事も1日やって2日寝込むみたいな感じでした。お金がかからなくなったとは言え、全くかからなくなったわけではなく、税金、種代、農業や家の改修に使う道具代、改修の材料費などなど、いろいろかかるお金もあり、現金収入を得るための仕事もする必要があります。寝込んでしまっては仕事にならないので、日々の暮らしの仕事は身体と相談しながら適度にやらないといけません。

そういう意味で、田舎暮らしにおける「明日できることは明日やろう」は、暮らしを継続するために重要な心がけだと思いました。お風呂がなかったり、虫が入ってきたり、さまざまな必要に迫られて、ただでさえ、焦りがちなので…。

虫対策を伸ばし伸ばしにしているうちに、どでかいクモにはだいぶ慣れてきて、ペットみたいな感覚さえ覚えるようになりました。まだ近づいて来られると怖いのですが…。いつも夜の21時過ぎに居間に3匹現れるので、出てくるともうそんな時間かぁという感じになります。クモにも性格があるようで、なつこいのから、いたずら好きのから、さまざまです。餌は自分でとってきてくれるし、虫は食べてくれるし、慣れさえすればいいペットかもしれません。

20141005

とある晩、届いたもの

【旧暦長月十ニ日 月齢 10.9 秋分 水始涸みずはじめてかるる

ある晩、遅くに宅急便が届きました。

厳重に包まれた荷物。

何が出てきたかと言うと…

相方が頑張ってネットオークションで落札してくれた千歯こきとふるいでした。


千歯こきはむかーし、地元の郷土資料館で見たような気がしますが、まさか自分が使うことになるとは、夢にも思いませんでした。

足が壊れているので、木を継いで直さないといけません。ふるいはバッチリ使えそうです。

稲刈りして天日干しの後、田んぼで千歯こきです。籾殻は溝をつけた板と角材でこすればとれるよう。どんなお米になるのかな〜

20141003

さつまいもの芽

【旧暦長月十日 月齢 8.9 秋分 水始涸みずはじめてかるる

農薬と化学肥料を使っていない坂出金時いもを買ってきて、しばらく置いていたら芽が生えてきました。





生命力がありあまっているのかも。ジャガイモの芽はよく出てくるけど、さつまいものは初めてでした。芽を摘んで食べるのはなんだか罪悪感でしたが、命をいただいているんだなぁと改めて思いました。植物や動物の大切な命をいただいて、活動の糧にしているということを思い出すと、良い活動をしたいなぁ、と思うものですね。

20141002

おくらの花

【旧暦長月九日 月齢 7.9 秋分 蟄虫培戸(むしかくれてとをふさぐ

花は花、野菜は野菜と思っていましたが、野菜の花もきれいです。とくに花がかわいいのがおくら。庭に植えて、ハイビスカスみたいな花も楽しんでいます。花も食べられるようです。

20141001

君はだれ?

【旧暦長月八日 月齢 6.9 秋分 蟄虫培戸(むしかくれてとをふさぐ

夏はカマキリに乗られていた私の自転車、今日は見たことのない虫が乗っていました。


本で確認したらくつわ虫のようでした。童謡にある「ガチャガチャガチャガチャくつわ虫」のくつわ虫です。しかもベルの上という。仲間だとわかるのかもしれません。

家の中に鈴虫や蟋蟀が入ってくるようになりました。流しで乾かしていたボウルの縁で、大きな羽音を立てていた小指の爪より小さな虫に、なんでこんな小さな身体であんなに大きな音を出せるんだろうとびっくりしました。

もうすっかり秋なんだなぁ。