20140828

怒りについて

【旧暦葉月四日 月齢 2.5 処暑 天地始粛てんちはじめてさむし

スピリチュアル系の本や話題では、怒りは良くないものとされている。愛と許しが説かれている。(最初にことわっておきたいが、スピリチュアルな世界は好きなほうだ)

それは素晴らしいことだと憧れる。だれに対しても愛をもって接することができて、何があっても許すことができるなら、素晴らしい。

が、しかし。私はまだ人間で、イヤミの一つも言いたくなることもあるし、嫌だなと思う人もいるし、ナメられたり、不平等な扱いを受けたり、ひどい目に合わされたりしたら怒ることもある。そういう目に遭っている人を見ても怒りがこみ上げてくる。

怒らないこと、という本があるくらい、怒ることは良くないことなのだろう。そう言われても、私は怒ってしまう。無理に怒りをないものとしたり、怒っていないふりをして神さまたちならどう考えるかと考えて聖人になりきるのは、自分には嘘に思えてできない。出てきたものをないことにはできない。出てきているのにないことにするのは、例えば、頭痛を鎮痛剤でごまかしてないことにしてしまうのと同じに思える。自分は出てきた感情は出てきたものとして真剣に向き合い、学びの機会にしたいと思っている。

正直言って、出てきた感情と真剣に向き合うのはかなり苦しい。怒りを感じる自分のことを、「あーあ、まだまだダメなヤツ」と思うこともある。でも、こういうときに自分は嫌だと感じるんだ、それはなぜだろうと考えていくと、自分が普段考えてもいなかったことに気付くこともあり、自分というものがよりはっきりとしてくる。

最近も、腹が立つことがあった。だれかに腹が立ったら、それをそのままぶちまける、我慢して目をつぶる、今後は相手と距離を置くようにする、など、いろいろな選択肢があるが、そのままぶちまけるような勇気はなく、それでいい結果をもたらすとも思えないので、一日くらい悶々とした。自分の中で相手にそういうことをさせている行動や思考があっただろうかと考えたり、こういうとき、我慢して目をつぶるのが許しなのか?相手に好きにさせておくのが愛なのか?と自問したりした。返事をしないといけないものだったため、相手にほんの少しでもいい変化をもたらすにはどんな返答をすればいいんだろうと考えた。今後について建設的な提案をしつつ、傍若無人なやり方に黙って従いはしないということをやんわりと伝えた。結果、相手にどんな影響があったのかはわからない。やんわりすぎて伝わったかすらわからない。でも、自分には少し成長したような達成感があった。

怒りが必ずしもいつも悪い結果をもたらすわけではないとも思う。昔、相方にむちゃくちゃに怒られたことがある。その頃は私以外の家族が結構大変だった時期で、自分だけ念願の大学に通い、好きな勉強をして、好きな仕事をして、いい人たちに囲まれて、幸せでいて、家族に申し訳なく、なんとなくうしろめたく思うところがあった。それをそのまま相方に話したら、めちゃくちゃ怒られた。だいぶ前のことなので、もう記憶もおぼろげだが、なぜそのような思考になるのかと問い詰められたような記憶がある。

相方の怒りのおかげで、私は自分の幸せを追求していいのだと思えるようになった。まずは自分が幸せになり、それから家族を幸せにして、と考えられるようになり、気づけば、家族も今は大変な時期を過ぎて、それなりに幸せに暮らしている。あれは、怒りがいい結果を生んだ出来事だったなぁと思い返すことがある。

相手を不愉快にさせることを恐れて、本当におもっていることを言わずに、表面上だけニコニコして、相手にすべて合わせて、愛と許しの振る舞いをしても、私の心の中にはきっと、怒りや憤りが生まれているわけだから、本当の愛と許しには程遠い。それで懺悔をすれば済むのか? なにか唱えればそれが清算されるのか? 私にはまだそういう実感はない。そういうのを推奨している人たちの中には、そういうのをしない人たちを蔑むような発言をする人もいて、結局あなたたちも心の奥底にはネガティブな感情を持っているじゃないか、と思うこともある。そして、そうやって相手に合わせているうちに、本当に自分が考えていることや望んでいることが、どんどんわからなくなっていく。直感が鈍っていく。

健全な怒りというのは、世の中を良くするために作用することもあると思っている。世の中で起こっているさまざまなひどい出来事を、やめてくれ、助けてくれ、どうにか現状を知ってもらいたいというなかなか普通のメディアからは聞こえてこない悲鳴を伝えたいし、伝えたくても伝えられない立場にある人たちの代弁者でありたいと思っているが、スピリチュアル系の人たちの中には、そういうひどい出来事を流布することは人々の心に不安を広げるために良くないことだと考えている人もいるようだ。事実としてひどいことが行なわれているのに、それを見ないようにして、幸せな暮らしをして、ポジティブな感情を大きくしていくのがよいこととされているかのように思える。

引き寄せの法則などから考えれば、確かに、そういう意見も一理あるのかもしれない。でも、人間なのだから、自分以外の人間や動物や植物がひどい目にあわせれていながら、本当に幸せになることはないのではないだろうか。そのひどい出来事に対する関心が高まれば、変える力を生むことにもなるのではないだろうか。言霊実験でも、無関心が一番腐敗をもたらす(ごはんに、「ありがとう」「バカヤロウ」という声をかけるか、紙を見せるかしたものと、無視するものの3種類を放置して経過を見る実験。「ありがとう」は発酵に向かい、「バカヤロウ」と無視は腐敗に向かうが、無視されたものが一番ひどく腐敗する)。自分だけ平和で安全で快適で楽しくて、世の中にあるひどいことを無視しつづけていたら、自分のその快適な暮らしさえ、蝕まれていくようにも思える。

前に、ある日本の有名なジャーナリストの人が、かなり人格の高い環境活動家に、日本人はマイ箸程度の小さな取り組みしかしない、と批判めいたことを言ったら、その環境活動家は笑って、そういう小さな行ないをする人たちはappreciate(真価を理解されて、感謝)されなければならない、彼らはたとえ小さなことでも行動していて、自然をよくするための力になっているのだからというようなことを笑顔で話していたのを映像で見たことがある。ジャーナリストさんのほうはムッとしていたが、より平和的で建設的な考えに変化する機会を提供することにもなり、ああいう対応ができたらいいなぁと勉強になった。私はそのジャーナリストさんの批判の仕方に腹を立てたが、環境活動家は腹を立てるどころか笑っていて、これが私と彼の違いだなぁ、と思った。

私はまだまだ偉大なスピリットからはほど遠い人間で、怒りを持つことがある。怒りをただ噴出させるのでは何も生まないが、貴重な学びの機会として、自分を知り、自分のまわりに良い変化をもたらす訓練として捉え、怒りと真剣に向き合って一つずつ丁寧に消化していけば、いずれは怒らずに笑いとユーモアでまわりにいい変化をもたらす人間になれるんじゃないかと思っている。

20140827

長崎原爆の被爆者代表・城台さんのスピーチ

【旧暦葉月三日 月齢 1.5 処暑 綿柎開わたのはなしべひらく

8月の半ばごろ、友人のブログで紹介されていて、読みたい読みたいと思っていました。気持ちがしっかりしているとき、かつ、腰を据えてじっくりと読めるときにと思っていて、ようやく読むことができました。

城台さんは、用意していた原稿とは違う内容を、アドリブで話されたそうです(参照:【IWJブログ】長崎原爆の被爆者「今年は準戦時体制でもあります」 ~広島・長崎にみる安倍総理の「コピペ」は戦後レジーム」への挑戦!?)。日頃からおもわれていることがほとばしるように出たのだろうなぁと思いました。まだ読まれていない方はぜひ、読んでみてください。


東京新聞8月9日付より引用↓
◆被爆者代表「平和への誓い」全文

 一九四五年六月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

 八月九日朝、ようやく目が覚めたころ、魔のサイレンが鳴りました。

 「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。

 そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。

 私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空がキラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。

 そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。

 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。

 長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

 平成二十六年八月九日
 被爆者代表 城台美弥子
読んでいて、おばあちゃんが空襲を免れた話を思い出しました。

おばあちゃんはその日、お友だちと電車ででかける用事があって、横手駅で待ち合わせていました。おばあちゃんは忘れ物をして家にとりに戻ったので待ち合わせに間に合わず、お友だちは電車で先にでかけました。その電車に爆弾が落ちて、お友だちは亡くなりました。おばあちゃんはたまたま忘れ物をしたから助かったけれど、大切なお友だちが亡くなって、とてもとても悲しい思いをしました。約束をしていなければ、と悔やみました。

そういう話を、母から聞きました。おばあちゃんから直接は聞いたことがなくて、つらい思いをもう話したくないのかもしれないと思っています。おばあちゃんは、原爆の被爆者とは違って、身体には全く傷が残らなかったけれど、心には傷を抱えたままなのかもしれません。

おばあちゃんがたまたま忘れ物をしたから、おばあちゃんは助かり、お母さんが生まれることができて、私も生まれることができました。“再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。”という言葉に、もうあんな悲しいことが起こらないように、できることをコツコツとやっていきたいと思いました。

20140826

補足+feedlyのこと

【旧暦葉月二日 月齢 0.5 処暑 綿柎開わたのはなしべひらく

だいぶ前に、現在の日本の結婚制度について感じている違和感を書いたことがあり、そのときの記事に、こんなふうに書きました。

人間なのに嫁/婿に「やる」とか「ける」(秋田弁であげる)とか「もらう」とか、贈答品のやりとりみたいな言葉で結婚の話がされることに、幼い頃から違和感を感じていました。高校の倫理の授業で、部族の時代から女性は「ギフト」だという考え方があると指摘している人類学者のことを倫理の先生が話してくれました。一人の学者の指摘ですが、それは先ほど挙げた表現といい、確かに日本にもあると思いました。中学校の卒業祝いでもらった印鑑が、女子は苗字が変わるからという理由で下の名前、男子は苗字になっていて、すごく変だと思った記憶があります。今思えば、そういう刷り込みを教育現場でもやってしまうのは良くないことだと思います。
高校の倫理の先生が話してくれた女性が贈り物であるという考え方について、文化人類学者の小馬徹教授が同様の内容を語っている記事を、ビッグイシューで見つけたので紹介したいと思います。

*贈り物をして初めて、ヒトは人間になった:文化人類学者の小馬徹さんと考える贈り物の秘密
(女性については“人類最初の贈り物は、女性!?”の見出しから)

相方に教えてもらって、RSSリーダーのfeedlyを使い始めました。google+やFacebookなどにアカウントを持っていれば、すぐに使いはじめることができます。リーダーへの追加が簡単で、直接URLを入れると追加でき、feedlyの検索バーから検索して追加することもできます。SNSへのシェアも簡単で、すごく使いやすくて気に入っています。以前はgoogleリーダーを使っていたのですが、なくなってしまって困っていたので、より使いやすいものを教えてもらえてよかったです。

20140816

権威や専門家のいうことと、自分の感覚

【旧暦文月廿一日 月齢 20.2 立秋 寒蝉鳴(ひぐらしなく)

昨日、岸田劉生さんの絵の話を書いていて、専門家の解説のことで思い出したので書きたい。

かなり前のことで少し記憶も薄れているが、日本で最も権威ある大学の権威ある名誉教授が、権威ある放送局のラジオ番組で、芥川龍之介が志賀直哉に作品が書けないと相談したときに、志賀直哉は書けないときは無理に書かなければいいと芥川に言ったが、それは志賀直哉は家が裕福だったから言えたことだと嘲笑していて、私はすごく腹を立てた。

芥川龍之介さんが志賀直哉さんに相談したときのことを、志賀さんは全集に書いていた。

志賀さんが「書けないときは無理に書かなければいい」と言ったのは、裕福で芥川さんの苦労がわからなかったからではなくて、芥川さんが教師などもしていて、執筆以外の仕事でも食べていけることを知っていたからであり、志賀さん自身も、親からの援助はなく、書きたいものだけを真剣に書いて、書きたいことがないときは、翻訳などほかの仕事をして生計を立てていたこともあった。食うためだけに満足のいかないものまで書くことは、芸術家として不幸だという考えがあったのだろう。志賀さんは芥川さんの才能や感性も高く評価していたし、仲間としての愛があったからこそ、言えたことだと私は思う。

私はたまたま、その事実が本人の言葉で語られていたのを全集で読んだことがあったので、権威ある名誉教授が話した内容が誤りであることを知っていたが、ラジオを聞いている人の多くは全集までは読んでいないだろう。きっと鵜呑みにしただろうと思うと、志賀さんが気の毒でとても腹が立った。専門家のくせに、そんな無責任な発言をして、全集くらい読めよとも思った。権威の言うことを盲信するのは愚かだとそのとき確信した。

脱線するが、先日、マクドナルドなどの大手企業で賞味期限切れの鶏肉が使われていたことが判明して大騒ぎになっていて、新聞の見出しが「何を信じれば」だった。消費者たちは、大手企業だから大丈夫だと信じていたのに、大手でもこれでは一体何を信じればいいのだ、と困惑しているという。

添加物や化学物質のことなどを知って、大手だからこそ危ないかもしれないと私は思うのだが、大手だから安心というのが大多数の意見のようだ。それでは足元をすくわれるということを、何度も何度も歴史は教えている。足尾銅山事件に水俣病、森永乳業のヒ素入りミルク事件、もっと最近では、みずほ銀行暴力団融資事件が記憶に新しいだろうか。

だいたい、あんな変な食感で変な味のチキンナゲットを安心して食べるなんて、舌の感覚がおかしくなっているんじゃないかと心配になる。私も昔はなんとも思わずに食べていて、自分の感覚がどれだけ麻痺していたんだろうと思う。自分の感覚をもっと大切にして、もっと感覚をよくする訓練をしたら、自分の身体も心も良くなっていくし、それが社会を良く変えていくことにもつながると私は思う。

脱線してしまったが、話を元に戻すと、全員がそうだとは言わないが、権威ある専門家だって人間なのだから完璧ではない。何でも知っているわけではないし、誤ることもある。食うために研究していて研究を愛していないこともある。真実は作者本人にしかわからない。本人も忘れているかもしれない。

そうなれば、やっぱり、あてになるのは自分の感覚しかない。誤っている可能性だってある権威の書いたものを、読み漁って暗記する時間があったら、作品そのものをたくさん読んだり見たりして、人と対話するときのように真剣に向き合って、自分の感覚を研ぎ澄ましていくほうが有意義な時間の使い方だと私は思う。そして、そうした時間は、作品を通じて、書いた人や作った人の魂や伝えたいメッセージを、心の深いところ受け取る時間のように感じていて、結局は人間の勉強をしているのだと思っている。

20140815

絵を見る目

【旧暦文月廿日 月齢 19.2 立秋 寒蝉鳴(ひぐらしなく)

東京に住んでいたころ、仙川にある武者小路実篤記念館にたびたび行った。企画展があって、定期的に展示が変わり、たまたま行ったときの企画展で、実篤さんの友人の岸田劉生さんの絵を見る機会があった。

子どもを描いたものが多く、初めて見たときの感想は、「かわいくないなぁ」だった。子どもの弾けるような笑顔を描いたものはそこにはなく、ぶすっとしているのかと思うくらいの表情ばかりで、なんでもっとかわいく描いてあげないんだろうと、その時は思った。

先日、仏生山温泉の帰りに、駅の前の横断歩道で女の子が道を渡ろうと、車の往来を真剣な目で見ているのを見かけた。その女の子の顔を見て岸田劉生さんの絵が突然目の前に蘇った。岸田劉生さんの描く子どもと、女の子の表情が重なり、「そうか、ありのままを描いていたんだ」と思った。子どもはいつでもあどけなく笑っているわけではなく、大人と同じように、ときに大人以上に、真剣に何かを考えたり、何かに打ち込んだりする。岸田さんの絵は、子どもたちのそうした面を捉えていた(のだと思った)。

白樺派に詳しい相方にその話をしたら、岸田劉生さんは「しかも自分の子どもを描いていたからね」と言う。かわいいときだけでなく、まるごと全部ありのままを愛していたからこそ、ああいう表情を描いたのだろうと思ったら、そのときになってなんだか感動してしまった。

背景知識を全く持たずに偶然岸田劉生さんの絵を見たので、率直な感覚を持てた。初めて見た時のその感覚を呼び覚ます経験をして、さらに理解が深まった。専門家による解説はおもしろいときもたまにあるが、勉強してから見たとしたら、おそらく、こういう感覚を持つことも、理解を深めることもできなかったと思う。他人の感覚や評価や知識に頼らずに、自分の感覚を大切にして、一対一で絵と向き合う。その積み重ねが、自分の中にある感性を呼び覚まして研ぎ澄ませ、絵を見る目を育てていくのかもしれないと思った。

20140810

カンタ・ティモールを観てきました

【旧暦文月十五日 月齢 14.2 立秋 涼風至(すずかぜいたる)】*明日は満月3:09*

ドキュメンタリー映画カンタ・ティモール(歌え、ティモール)を観てきました。

*ストーリー紹介↓
http://www.canta-timor.com/01story.html

*予告編はコチラ↓
 

監督のお兄さんで撮影にも同行された写真家の直井さんも来てくださり、貴重なお話も聞かせていただきました。

上映後のお話し会の様子
悲しい事実を描いたものではありますが、善く生きる希望を与えてくれる、素晴らしい映画でした。東ティモールの人々の歌い、語る言葉や生きる姿から、許すということ、大地を敬う心、ジャーナリズムの重要性、政治にまずは関心を持つことの重要性など、大切なことをたくさんたくさん教えてもらいました。去年(まだ東京にいました)、フェアトレードショップで働いている友人からも、「すっごくいいから観て〜」とチラシをもらっていて、みたいみたいと思っていたのですが、移住のドタバタで叶わず、ようやく観ることができて本当に良かったです。音楽も素晴らしくて、音楽好きの方にもオススメです。

国民の3人に1人が殺され、国土の9割を焼かれるという壮絶な戦争が27年間続いた後、2002年に東ティモールは独立しました。当時、私は高校生だったけど、こんな大変なことがあったなんて全然知りませんでした。

太平洋戦争中には日本が占領したこともあることや、占領を続けていたインドネシアにヨーロッパ各国が経済制裁を強める中で多額の軍事資金援助をしてきたのが日本で、しかも国別の内訳のグラフを見ると、日本の援助額が世界一だったこと、インドネシア軍の撤退を求める国連の総会決議では先進国の中で日本だけが毎年反対の票を投じていたことなど、日本人として、知っておくべきだったなぁ、と思う歴史を知ることができました。

日本がインドネシア軍の支援にまわったのは、インドネシアを支援すれば石油を安く買うことができ、インドネシア市場に日本の製品を売ることができるから。アメリカも軍事協力をしていました。一部の大企業が金儲けのために、自分たちは手を汚さずに戦争を起こしている―なんてむごいんだろうと思いました。

*もっと詳しく知りたい方はコチラ↓
■東ティモールについて(監督の広田奈津子さんがまとめてくださっている)
http://www.pc-lifeboat.com/waon/katsudou/abouttimor.html
■独立した東ティモール 日本とどんな歴史が?
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-05-30/0530_faq.html

同じからくりが、アチェをはじめ、世界中で今も起こっている戦争で見られます。使われているのは私たちの税金で、税金の使い道を決める国会議員を決めるのは私たちの投票。大企業を支えているのは私たちがその企業の製品やサービスに支払っているお金や、銀行にあずけているお金。私たちは何をすべきなんだろう、どうしたらいいんだろう、とすごくすごく考えさせられました。

3.11以降、世界を良くしたいと願い、願いから行動に移している人も多くなってきたように感じています。また、何か良くないことが起こっているときに、あいつが悪い、と悪者を決めて、そいつをやっつけるみたいな、単純思考ではなくて、自分も思考や行動も含めて、何がこの現象を起こしているんだろう、どうしたら解決できるんだろう、と考える人も増えてきたように思います。

そういう願いや思考や行動は、確実に世の中に良い変化をもたらしていると思います。例えば、外国の石油をねらって戦争が引き起こされているという現状を変えるには、石油を輸入する必要がなくなればいいと私は思うのですが、石油利権がらみで戦争を起こしまくってきたアメリカは今、外国から輸入する石油依存を減らすと宣言しています。2013年には20年ぶりにアメリカ国内で産出された石油量が輸入量を上回り、「アメリカン・メイド・エネルギー」をキーワードに再生可能エネルギーによる発電量拡大を目指しています(ちょうど今させてもらっているリサーチのお仕事で知ってタイムリーでした)。ソーラーパネルに使われるレアメタルはやっぱり地下資源だから、地下資源利権がらみの戦争につながるのではないか、という問題はありますが…。でも石油がらみの戦争がなくなる方向に動いていることは、今までからしたら大きな進歩だと感じます。街に出て、企業活動をチェックしてみても、まだまだ問題があって発展途上ではあるものの、昔に比べたら考えられないくらい、地産地消やフェアトレードを取り入れた製品が広がっているし、石油原料をやめて植物性由来成分に切り替えた製品なども増えています。私たちの願いや思考や行動が、目に見える良い変化として現れてきているのではないかなぁと思っています。

質疑応答を聞いていて、大企業や政府や大手マスコミなどを悪者と決めつけて、ただ叩くのではなくて、よく話して仲間になって一緒に良くしていくという、そういうスタイルが大切だなぁとも思いました。大企業でも大手マスコミでも、中で働いている人たち一人一人は、自分と同じ、一人の人間で、知ったらいいことをしたいという人もいっぱいいると思うし、知ったらいいことをしたいと思っている人が社内で多数派になったら行動したいのになぁと思っている人もいると思います。そういう仲間をだんだん増やしていくことも、自分にできることかなぁ、とお話をきいていて思いました。

とても素晴らしい映画でした。

20140804

パブコメを出す

【旧暦文月九日 月齢 8.2 大暑 大雨時行(たいうときどきふる)】

鹿児島県川内原発の再稼働が決まったかのような論調の新聞もありますが、8月15日(金)まで、パブリックコメントを受け付けています。たくさんの反対の声が集まったら、無視はできないと思うので、私も以下を参考にしながら書こうと思っています。

パブコメ出そう、川内原発とまるほど


パブリックコメントの数は公表しないといけないものなので、日本のメディアがだまりこんでしまったとしても、海外のメディアは取り上げると思います。無視できないくらいの波を巻き起こせば、再稼働を阻止することは可能だと私は思います。

パパラギという大好きな本に、新聞はこう考えろと命令してくるのが気に入らない、というようなことが書かれてありました。

この間、新聞の見出しの一面に「川内原発 秋にも再稼働へ」という見出しがばーんと載っていて、「は?!いつ決まったの?!?」と、大ショックを受けて、中身をよく読んでみたら、単に「新規制基準に適合している」と国の機関が認めたというだけで、まだ再稼働が決まったわけじゃあないではないですか。ごくごく小さく“再稼働ヘ向けた”今後のスケジュールが載っていて、地元住民の同意が得られなければ、再稼働は困難であることがわかりました。再稼働してほしくない人たちがどういうアクションをとればいいのか、必要な情報が載っていなくて、なんでこんな見出しをつけるんだ、この新聞はそんなに原発を再稼働したいのか、と思うほどでした。

見出しの大きさや、記事の配置などで、巧妙に雰囲気が作られているように思います。ただ無批判に見出しだけさっとみてふーん、と思っていたのでは、簡単に流されるので、新聞を読むときは用心して読んでいます。景気の話も、散歩をしていて身の回りで観察した結果と、新聞とでは大きな開きがあります。景気がよくなったような記事が並んでいますが、実際に足を使って歩いてみると、消費税増税後、閉店に追いやられた店が多いことに気がつきます。イオンの中だけでもざっと7-8店はありました。唯一近所だった手芸店も閉まってしまい、閉店セールには店じまいを惜しむ人たちが集まっていました。

新聞もテレビも、メディアというのはある程度「こう考えろ」と命令してくるものだと思います。人間が作るものに真に中立なんていうものはありえないと思っています。フリージャーナリストの方が書かれたものは、どういう考え方の方で、どういうバックグラウンドがあって、こういう論考をしているのか、というのがわかりやすいのですが、新聞など企業が作ったものになると、どんな人間が書いているのかわからないので、中立そうに見えて、政府や大企業に都合のいい主張が仕込まれていたりします。個人としてそう思って書いているのか、それとも会社に染まっているのか、書いた人間がどういう考えで、どういう事情があって、それを書いているのかがわかりません。批判的に読まないと論調に流されてしまうので、自分でも観察してみることがとても大事だと思っています。なかには自分で観察しにいくことは難しいものもあるので、そういうものは、今はインターネットで調べられる時代なので、多種多様なソースをあたってみることも心がけています。

引き寄せの法則ではないですが、集団の思考というのは、世の中に影響を与えると感じています。「原発が再稼働されるんだなぁ」「自分には何もできないなぁ」と思う人が多かったら、再稼働されてしまうんだと思います。パブリックコメントなど、できることはまだまだあるのに、新聞にはパブリックコメントを受け付けていることは見当たりませんでした。見落としたのかもしれませんが、「秋にも再稼働へ」ほど、目につくようには書かれていませんでした。新聞に流されてできあがってしまっている集団の思考から、私は抜け出て、できることをしたら止まると考えるようにします。