20150727

丸まるマルシェ

【旧暦水無月十二日 大暑 桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)】

高松の商店街を歩いていたら、不思議なオブジェに遭遇。


高松の丸亀町商店街に新しくできた産直市場「丸まるマルシェ」。6月20日にオープンしたそうです。地元漁師さんが獲ってくれた魚や、地元の農家さんが育ててくれた有機栽培の野菜や果物など、おいしそうなものがたくさん。その他、加工品やお菓子、飲み物などのオーガニック食品や、石鹸はみがきなどの生活用品もいろいろ揃っています。ちょっとまちなかに出たついでに買い物ができるのでありがたいです。こんなお店が香川にも増えてきていてうれしいです。

こんな経緯でできたようです。
モノとカネ 地域で回す(読売新聞 2015/3/29)

そんな熱い漁師さんの話、お店では見かけなかったので、きちんと伝えたらいいのになぁともったいなく思いました。今後、生産者さんの想いが伝わるお店づくりを期待したいです。

20150721

レモン色の黄身

【旧暦水無月六日 小暑 蓮始開(はすはじめてひらく)】

お隣さんが誘ってくれて、ひと月ほど前から、自然派生協の協同購入に便乗させてもらっています。

ポストハーベストフリー(収穫後に農薬を使っていない)の非遺伝子組み換え飼料を食べさせている放し飼いの鶏さんの卵をお願いしたら、綾川町の隣の町のまんのう町で無農薬栽培の野菜を与えて育てている放し飼いの鶏さんの卵が届きました。



まず、殻が固くて驚き、割ってみたら黄身の色が淡いレモン色で再び驚きました。近所のスーパーで買える平飼いの鶏の卵と、こちらの卵と1つずつ、目玉焼きにして味を比べてみたら、比べたらきっとほとんどの人がわかる!と思うくらい、臭みがまったくありませんでした。やっぱりエサは重要、自分も食べるものは重要だと改めて思いました。

かつて東京時代に生協は利用したことがあったのですが、ネットスーパーと変わらないよな~という感じでやめてしまい、自然派生協もそれと同じようなものかと侮っていました(すいません)。このすごい卵のほかにも山地酪農の牛乳や三河有機みりん、石川県産有機大豆の納豆など、これはすごい、と思うものが結構載っていてびっくりしました。

自然派生協は、放射能検査もしてくれています。検査結果がネット上でも見られるようになっていて、カタログと一緒に表も入ってくるので、水産品など、特に心配なものもチェックしてから買えるので比較的安心です。

自然派生協しこく:http://www.shizenha.ne.jp/shikoku/

20150718

ちくちく

【旧暦水無月三日 小暑 鷹乃学習(たかすなわちわざをならう->鷹の子が飛ぶことを習う)】

最近のちくちく。藍染の浴衣用の反物でワークパンツを手縫いしました。相方がパジャマにしています。さすがは浴衣の生地、さらっとして気持ちいいそうです。


手縫いでは、縫い代がほつれないようにするのに、ジグザグミシンの代わりに折り伏せ縫いという縫い方をするそうですが、私には結構難しくて、手がつりそうになります。コツがあるのかもしれません。

東京時代にお世話になった国立のノルブリンカさんの本『白いコットン&リネンの気持ちよい服』とにらめっこしつつ、「うーん・・・こうかなー?」と試行錯誤しながら縫いました。東京にいるうちにノルブリンカさんでもんぺの作り方を習いたかったのですが、ドタバタのうちに習えずじまいで香川に来てしまいました。また落ち着いたら習いに行きたいです。

20150716

おわりとはじまり

【旧暦水無月朔 小暑 蓮始開(はすはじめてひらく)】

辛いときに聞いたり、口ずさんだりする応援歌が私にはいくつかあります。中島みゆきさんの『時代』は小学校のときからの応援歌。問題が大きいときほど意識して、複雑な気持ちに頭と身体を乗っ取られるまえに、歌って追い出してしまうのです。でも、ときどき、歌う気持ちにもなれないくらいのときがあります。

しばらく前のこと、2、3カ月ほど、そんな気分だったときに外へ出るといつも、どこからともなく、Mr. Childrenの「足音」という曲が聞こえてきて、行く先、行く先、「足音」に励まされるという不思議なことが続いていました。ドキュメンタリー映画で制作にまつわる物語を見てすごく感動して、歌詞のどのあたりが特に、ということもなく、曲全体が大好きで、もうイントロを聞いただけで、私もがんばろう、もう一歩、進んでみよう、と思える曲になっています。

先日、「今日の夜、Mr. Childrenのアルバム制作を密着取材したドキュメンタリー番組があるよ~♪」と、相方が朝からウキウキハイテンションで、「足音」も含め、いろんな歌を口ずさんでいました。私は、その日、けじめを一つつけようとしていた日で、不安、失望、喪失感、心の中のいろんなモヤモヤと闘っていました。それを聞いて、今日はいっちょ頑張って、一つ、扉を丁寧に閉めて、夜のその番組を楽しみに見よう、と、問題とまっすぐ向き合うことにしました。

無事に一つ、幕を閉じて、携帯の小さな画面で、相方と二人、番組を見ました。中心的に取り上げられていた曲の一つに、Starting Over(新たな出発をする、もう一度始める、という意味)という曲がありました。「なにかが終わり また何かが始まるんだ」と繰り返されるフレーズが、そのときの自分にぴったり過ぎて、翌朝もずっと頭の中でぐるぐるリフレインしていました。あまりにもぴったり過ぎて不思議なくらいでした。自分の手で、ひとつの終わりをつくった私に、きっと新しい何かがやってくる、そんな希望が湧いてきて、すごくすごく励まされました。

そして、「なにかが終わり また何かが始まるんだ」を聞いた翌日、本当に新しいうれしい始まりがやってきていて、あーがんばってよかったなー、ほんと、その通りだったんだなーと、うれしい驚きでした。今回のことは、辛くても、直視したくなくても、逃げずに、一つのことにきちんと終わりを作ることで、次のステップに進めるということを学ぶ良い機会になりました。

番組を見ていて、並大抵でない努力の蓄積がこのかっこよさを作っているんだなぁ、とものすごく感動しました。たとえば、Starting Overの歌入れでは何度も、もう一回、もうワンテイクいい?と、ワンフレーズ歌うごとに歌い直しをして、12時間以上歌い続け、さらにまた別の日に、もう一回歌わせて、と、自分で満足できるまで妥協せずに、何度も何度も録り直しをしている様子が映し出されていました。自分から出たものを否定して、壊してすぐに作り直すことは、自分のありのままを認めていない限り、できることではないなぁ、すごいなぁ、と本当にかっこよかったです。自分には自分の現実をまっすぐに見て、妥協せずに否定する、そして、打ち砕く潔さがあるだろうか。自分にも自分にしかできない何かで、人の心を潤すような、誰かの励みになるような何かを、生きているうちに一つ、成し遂げたいなぁ、そのために努力していきたいなぁと思いました。

並大抵でない努力を積み重ねること、それから、自分を否定する潔さを持つこと、そこに至るまで、私にはまだいくつも越えなければならないステップがあるように思います。それを明確にして、一つずつ、一歩ずつ、歩いていけたらいいな、と思いました。

20150712

豆乳ヨーグルト、続いてます

【旧暦皐月廿七日 小暑 温風至(あつかぜいたる)】

豆乳を継ぎ足し、継ぎ足しして、麻炭豆乳ヨーグルト、続いています。


発酵の菌が元気過ぎて、凝固したヨーグルトが分離して浮きます。水分(ホエーというらしい)を抜いて、小麦粉と混ぜ、こねる時間があるときはパンに、ないときはパンケーキにしています。甘みと酸味の絶妙なしっとりもちもちパンになります。

発酵が進みすぎて、チーズみたいに表面にふわふわの白かびっぽいものが生えていたときがありました。ちょっと生で食べるのはこわいかな?と思ったので、火を入れて食べてみました。お豆腐みたいで、お腹も痛くなりませんでした。豆腐って「腐」って書くくらいだから、にがりで作る技法ができる前はこれだったんじゃないか?と思うくらい、まさにお豆腐でした。そのときの水分は、スープにしたのですが、酸辣湯みたいな味で美味しかったです。

冷蔵庫がない暮らしだと発酵に頼らざるを得ないので、発酵とものすごく仲良しになれている気がします。

20150706

『チョムスキー 9.11』を観て

【旧暦皐月廿一日 夏至 半夏生(はんげしょうず)】

2003年に製作されていた『チョムスキー 9.11』というドキュメンタリー映画。

安倍政権が強引に集団的自衛権の行使容認について審議が進められるなか、6月16日から21日まで無料でYouTube上で限定公開されていたので、視聴しました。一緒に戦争をする可能性の高いアメリカが、どんなふうにして戦争を作ってきたのかを、知っておく貴重な機会になりました。

特に印象に残ったところを備忘録として残しておきたいと思います。あくまでも私の記憶なので、少し変わってしまっているところ、ニュアンスの異なってしまっているところがあるかもしれませんが、何もないよりは、何か考えるきっかけ、調べるきっかけ、行動するきっかけにつながったりもするかなーと思ったので、公開します。( )は私の感想・コメントです。

・知識人は事実を知りながら言わないようにしつけられている、このことは西欧や日本でも顕著。

・アメリカは石油に関心があるから戦争をしかける。(→『おカネで世界を変える30の方法』などでも読んで、よく指摘されることだけど、アメリカでもこう指摘する人がいるのかーと)

・国民を服従させるには恐怖を利用するのが最も簡単。ブッシュのスピーチライターが「悪の枢軸」(axis of evil)という言葉を作ったのは、国民の恐怖心を利用するため。(身近なところからも、あらゆる恐怖心を克服していくことが、ぶれずに平和を貫く第一歩かも)

・「悪の枢軸国」という言葉で、アメリカ人が思い浮かべるのは、第二次世界大戦中の日独伊の三国。三国あるとよりイメージが合致するので、イラン、イラク、北朝鮮を悪の枢軸国に仕立てあげた。北朝鮮との敵対関係を作ると、韓国と日本は困るが、アメリカが知ったことではない。

・「対テロ戦争」なんてものはない。アメリカが最大のテロ国家である。

・9.11の攻撃は、大変な惨事ではあるが、歴史上、新しいことではない。アメリカも同じようなことを他国でやっている。規模ではなく、どこで起こったかが、取り上げられ方を左右。

・世界の残忍で抑圧的な権力が、9.11の事件をいいように利用するだろうということは十分に予測できていた。(日本は平和憲法の改訂に向かうかもしれないとも指摘されていた)

・我々はみな、なんらかの形で戦争に加担している。自分たちの払った税金で、人殺しが行なわれている。

・中東の緊張緩和策として、国際機関の観察官(モニターと言っていた)を派遣し、卑劣な行動を監視する案を、国連にEUが提案。これは効果的な策だったが、アメリカが拒否権を発動してこれを阻止。(アメリカはやっぱり戦争したいのか)

・ブッシュの大好きな聖書にも「偽善者は、他人に適用する基準を自分に適用しない人だ」と書かれている。他国への攻撃はよくて、自分が攻撃されるのはだめ、と言うアメリカ。鏡に写った自分を見つめるのは難しいことだが、自分をしっかりと見ないといけない。

・それでも、過去よりも着実に、アメリカは良くなってきている。市民運動が大きく成長し、かつてほどの政府の蛮行が許されなくなってきている。
※この映画が作られた当時、南ベトナムにアメリカが戦争をしかけてからちょうど40年だった。30~40年でアメリカの市民運動が成長。当時は、女性と子どもが歩くだけの反戦抗議デモですら、缶やトマトが投げつけられた。抗議集会や講演などは開くことすらできなかった。反戦運動ができたのも60年代、環境運動ができたのも70年代。今では市民運動が政府の蛮行を許さないくらいに成長。これは大きな変化。(日本も、3.11をきっかけにようやく市民運動が芽生えたように思うので、30~40年でどう大きくしていけるだろうか)

・身近なことから変えていける。投獄されたり、暗殺されたりする心配もないアメリカで、可能性は無限大。何かを維持しよう、あるいは、何かを変えよう、とする行動は、それがモラルに基づくものであれば、人間の本質的な性質を引き出し、拡大し、表現する可能性を与える。

・アフガニスタンをアメリカとロシアが破壊した。攻撃するのではなく、賠償をすべき。

・メディアを政府がコントロールするのではない(アメリカの話)。メディアの決断。
※わかりやすい具体例:パレスチナの住民がイスラエルへの抗議として投石(インティファーダと呼ばれる)を始めた2日後、イスラエルはアメリカのヘリコプターでパレスチナ住民の制圧を開始。クリントンはもっと多くの軍用ヘリを送り、何十人もの住民を殺した。これを報じたのは、小さな町の新聞にあてた投書だけだった。政府に言うなと命令されたわけではなく、報じないことを決めたのは、メディアの編集者。(→情報の受け手が何を求めているか、どんなことを報じれば視聴率が上がるか、ということを意識している、ということなのかな?と)

・資本主義が完全に実現すれば、経済を破壊する。このことを資本家は知っていて、資本主義の完全な実現を求めてはいない。(→リーマン・ショックやサブプライム危機などが起こる前にすでにこの指摘がされていた)

内容が多岐にわたって、なかなか難しく、歴史が教えていることや、今の政治的指導者と、過去の政治的指導者とで、蛮行を正当化するのに利用する言葉の類似点など、具体的な事実までは覚えきれなかったのですが、歴史は確実に繰り返していて、まだまだ学んでいないことが多いんだなぁ、と思いました。時代は確実に良くなってきているし、私たちが社会を良くするためにできることは無限大だという、前向きに考えられるメッセージで、未来を明るく思い描けました。なにもかも、自分たち次第なんだと。

こんなに歴史的背景も含め、幅広い知識を整理して、いま起こっていることの背景を分析し、明快に説明できる人はなかなかいないと思います。日本の改憲の動きや、資本主義のことなど、予測がずばり的中しているものもありました。何をしていくべきなのかを知るために、何が起こっているのか、その原因やメカニズムは何なのかを知っておく必要がありますが、そうするためのかなり貴重な情報と洞察を提示してくれていると思いました。もっと勉強させてもらいたいです。素晴らしい学者さんだと思いました。

ノーム・チョムスキーの名を初めて知ったのは、大学で生成文法を習ったときでした。難しすぎてちんぷんかんぷんでしたが・・・。なので、チョムスキー氏=言語学者とインプットされていたので、社会のことについて鋭い批判をしているのを知ったときは意外でした。映画の最後で、なぜ言語学を研究しているのかを聞かれて、人間の高度な能力に興味があり、人間の能力を凝縮した領域の1つが言語だったと答えているのを聞いて、なるほどー、とぐっときました。ある哲学者(名前を忘れました)もモラルの根底にあるものは今でいう「生成文法」であると言っている、ある一定の制限のなかで自由に表現し、創造していく、と語られているのを聞いて、言葉を学んでいる者の一人として、うれしく思いました。言葉の奥深さがますます好きになりました。

映画の構成についてですが、ある程度知識レベルの高いアメリカ人にとっては常識なのだろうけれど、日本人にはぴんと来ない歴史的出来事や、他国との関係などが次々出てきていて、再生を一旦停止しながら、ネットで検索しつつ、視聴しました。欲を言えば、日本人向けに、背景の解説がコンパクトにわかりやすく適宜入っていると、すんなり理解できていいのだけどなー、と思いました。やや消化不良な感じなので、時間を見つけて、ほかの映像や本などでも勉強したいと思っています。

20150703

床張りの巻

【旧暦皐月十八日 夏至 半夏生(はんげしょうず)】

田畑が待ってくれないので、家の改装がなかなか後回しになってしまうのですが、ちょこちょこと改装もしております。最近のDIYの図。


相方がトイレに続く縁側の床張りをがんばっています。きちゃなかった真っ黒けカーペットを剥いで、無垢の木を打ち付けています。

自転車だと板が少しずつしか運べないので、板がなくなるたび、一時中断。3~4枚を片手で担いで自転車をこいだり、一輪車を持って行って10枚くらい運んだりです。あとすこしあとすこし。焦らなければなんだって楽しいのだ。