20131112

飛行機

【旧暦10月10日 月齢 8.6 立冬 地始凍(ちはじめてこおる)】

今日訳したエッセイが飛行機を題材にしたものだったので、飛行機にこの前乗ったときに思ったことを書きたくなりました。

この間、旅行に行ったときに飛行機に乗りました。飛行機は苦手で、滅多に乗らないので、5年ぶりくらいだったと思います。慣れていないので、不思議に思うことがたくさんありました。

まず、時間のことを深く考えさせられました。飛行機が離陸してスピードを上げると、それまで速いと思っていた車や船がだんだんスローモーションのようになり、終いには止まって見えました。動いているものみんなが止まって見えました。動いているのがわかるのは、横を飛ぶ別の飛行機くらいでした。地上では波打って見えていた海も、飛行機で超スピードで移動していると凍っているように静止して見えました。瞬間移動とかワープってこういうことなのかもと、とても不思議な感覚でした。

20131111

霊氣と平和

【旧暦10月9日 月齢 7.6 立冬 山茶始開(つばきはじめてひらく)】

程度の差こそあれ、目には見えない不思議な力のことを、ほとんどの人が感じていると思います。それを、神や仏と表現したり、サムシンググレート(なにか偉大なもの)と言ったり、気と呼んだり、いろいろな呼び方がされています。人間の都合で、だれかが保身のため、あるいは、地位や名誉や財産のために、人間のアタマで考えて作ったルールは、私は信じていませんし、理不尽な差別を生んだり、争いを生んだりしているので好きではありませんが、突き詰めていったところの、だれもがある程度感じている何か不思議な力のことを表現が違うだけなんだと理解し合えるようになったら素敵なことだと思っています。

日本で生まれた気功のような療法に、霊氣(れいき)というものがあるのを半年ほど前に知りました。特定の宗教とは全く関係がなく、ジャンルとしては「外気功」と分類されているようです。英国では代替医療として保険がきき、アメリカの大学病院ではREIKIがないところを探すほうが難しいほど普及しているそうです。日本の臼井甕男(うすい みかお)さんという方が大正時代に発見した民間療法で、京都の鞍馬山で断食をしていて21日後に霊氣を体得したのが始まり。お金のかからない治療法としてひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんの世代では日本でもポピュラーだったのだとか。日本では西洋医学が広がって廃れ、ハワイに渡ったお弟子さんなどを起点にして海外で広がり、海外のほうが広く認知されていて、日本には1980年ころから逆輸入という形で入ってきています。

霊氣については、私の説明よりもこちらを読んでいただいたほうが早いかもしれません。
はじめての方へ レイキって何?」(NPO法人日本レイキ協会ウェブサイトより)

私なりの理解ですが、霊氣は、すべての生命を活かしている根源的なエネルギーのことで、だれにでも通っていて、強弱の差はありますが、だれの手からも出ているのだそうです。霊氣に関する本などでは、人間をパイプに例えていて、大人になるにつれて、化学物質や老廃物、ストレス、悩み、心配事など、不要なものでパイプが詰まって霊氣が流れにくくなっているのですが、パイプの詰まりを良くすればまた流れやすくなり、使えば使うほど、そのパイプは太くなるのだそうです。そのパイプを通ってきた霊氣を手から出すことができて、その手を当てることで痛いところを治したり、軽減したり、詰まりを解消して気の流れを良くしたりすることができると言われています。痛いところに自然に手が行くのは、身体がそれを知っているからなのかもしれません。子どもがケガをしたところに「痛いの、痛いの、飛んで行け」と親が手を当てているときも霊氣が出ていると本に説明されていました。

それで、この霊氣というものは、平和な世界のきっかけになれるんじゃないかな、と思ったのです。宗教も関係なく、宇宙に普遍的に存在するエネルギーなので取り合いにもならず、争いにもならない。だれでも使えて、自分とまわり(人も人以外も)を元気にすることができるので、今はバラバラの言葉で理解されている不思議な力のことを同じように感じることができて、共感が生まれて、「なぁんだ、信じてたものはみんなおんなじだったんだね♪」と戦いをやめられるんじゃないかなと思いました。

ここからは余談です。

20131106

太陰太陽暦のこと

【旧暦10月4日 月齢 2.6 霜降 楓蔦黄(もみじつたきばむ)】

上記にも書いてあるので、お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、太陰太陽暦を使いはじめました。現在一般的に使われているグレゴリオ暦(新暦)と対比して、旧暦ともよく呼ばれます。

きっかけは、よく行くフェアトレードショップアースジュースの友人に、借してもらった一冊の本でした。早川ユミさんの『種まきびとのものつくり』という本で、高知県の自然に囲まれて、自然に沿った生き方をされている様子が写真とイラストと文章で紹介されています。月のリズムでも生活することも書かれていて、とても興味をひかれました。お仕事をご一緒している方が月のリズムでご自身のウェブマガジンを更新されていて、旧暦のことは前から気になっていました。

新月から次の新月までが1カ月。よく考えたら、monthの月って、お月さまのことなんですね。太陽が上って沈むまでが1日なので、dayの日ってお日さまのことなんですね。日と月と、毎日見る暦は実はこんなに身近に宇宙を感じられるものだったんだなぁと感動しました。

月の満ち欠けと地球の水の関係は、こちらの説明がとてもわかりやすくておもしろかったです。
はからめ『地球の水と月と太陽』
最後のほうに「…この引力の問題は、海だけじゃなく全ての水に影響があることなのです。それは体内を流れる血液など、約70パーセントは水でできている私たち人間への影響は大有りだと思いませんか?月の満ち欠けは水にとっての時計のようなものであると私たちは考えています。月の満ち欠けと、体を照らし合わせてみてはいかがでしょうか?」とありますが、ほんと、大有りだと私は直感的に思います。

はからめさんの月のカレンダーのページに書かれている暦のいろいろ、とてもおもしろいので、よかったら見てみてください。2014年版はもうできているそうです。
はからめ『月のカレンダー』

2週間くらい過ごしてみたのですが、結構月の影響を受けていたんだなぁと実感しました。満月に種をまくと芽が出やすいとユミさんの本に書いてあったので満月にまいてみたら、新月すぎに本当にぶわーっといっぱい出ていました(F1種でないので出芽は遅いのです)。仕事についても、下弦から新月にかけては仕事が落ち着いていたので、いろいろと溜まっていた諸用をすっきりさせて、新月を過ぎたら急に相方も私も仕事がぽんぽこ入ってきて、今まで意識しなかったけれど、仕事のサイクルもそんな感じだったのかもなぁ、と思いました。

お気に入りの本『にほんのいきもの暦』を参照しながら、二十四節気と七十二候も手帳に写してみたら、結構そのとおりで、昔の人の感覚ってすごかったんだなぁ、本当に自然とともに生きていたんだなぁ、と思いました。今の二十四節気は「霜降」(北国では霜が降りる頃)、七十二候が「楓蔦黄(もみじつたきばむ)」です。二十四節気はただテキトーに決められているのではなくて、太陽の運行をもとにしているとのこと(*注1)で、暦、なんとも奥が深いです。
*注1:二十四節気(日本文化いろは事典)

今年の手帳にはからめさんの月の手帳がほしいなぁと思っています。太陽太陰暦を勉強しながら、自分で手づくりするのも身についてよさそう。ちなみに、昔からあるとは言っても、大安とか仏滅とかの六曜はテキトーに振っているだけなので、信じていません(広まったのは新暦が採用された明治以降なんだとか)。ついている手帳がほとんどなのですが、はからめさんのにはついていないのもありがたいです。六曜は、差別との関連も指摘されているよう。テキトーに振っているだけなのに、なんか、仏滅とか言われたらなんか怖くなっちゃうじゃないですか。しかも仏滅ってほんとの漢字は物滅で、暦業者が勝手に字をあてて広めたようですし、そんなテキトーで運命左右しないでくださいよってなことで、できれば見たくないものです。

そうそう、暦といえば、地球暦も大好きです。まだあまり詳しくわからないのですが、機会があったら、じっくり知りたいです。Facebookでも発信されていて、興味深く読んでいます。

健康第一

自然栽培のおいしい玄米と在来種の野菜を食べて、毎朝自家製天然酵母パンを焼いて、自然栽培のコーヒーを挽いてハンドドリップしたコーヒーに、山を駆けまわっている幸せな牛の牛乳を少し入れる、なんて話をすると、健康オタクだね、神経質ね、などと言われることがあります。健康が大事じゃないのかな、と思ってしまいますが、そう言う人ほど、サプリメントを飲んでいたり、お医者さんにしょっちゅうかかっていたり、やっぱり健康を大切にしているんじゃないの、と思ったりします。

おいしくて、健康になって、生産者さんにも公正な価格を渡すことができて、環境にも負荷が少なくて、生物多様性にも負荷が少なくて、と、いいことずくめです。生産者さんから直接送ってもらえば安く買えて、それでも小売店を通すよりも手取りを多く残すことができます。それで健康になれるなら、お金もかからないし、楽しいし、つながりが感じられて幸せだし、いいことじゃないですか? いいものを追求した結果なので、まぁ、オタクと言えば、オタクですけれど。

自分で料理をするとか、ちょっとした手間はそれはありますが、おいしい野菜なら、茹でるだけ、焼くだけ、蒸し煮するだけ、味付けは塩だけでいい、みたいなシンプルな調理で、とびきりおいしいものが食べられます。出汁も滅多にとりません。野菜の出汁でおいしいからです。料理も楽しいことです。

昔、サプリメントはいろいろ試しました。料理が面倒だから、サプリメントなら手軽、考えなくてイイし、なんて思ったものですが、何から作られているのか、どうやって作られているのか、どんな人のところにお金がいくのかもわからないサプリメント。それらがわからないのと同じくらい効き目もさっぱりわかりませんでした。ビタミン剤からミネラルからナンチャラエキスなんて、いいと言われたものをいろいろ買っていたら塵も積もれば山となるで、結構出費がかさみましたが、健康になった実感は全然ありませんでした。そのお金を稼ぐこと、病気になったときのロスを考えたら、料理をするほうがずっと合理的です。

添加物や放射能や農薬などを怖がるのはカッコ悪いと思っているように見える男性もたまにいますが、命を守ることは男性の大切な役割なんじゃないの、って言いたくなります。特にそういう人は仕事がデキることが大事なことだと思っているようなんですが、身体が健康じゃなかったら、いい仕事もできないし、機嫌が悪くなって人間関係もうまくいかないし、毎日が楽しくない。ガンにでもなったら、仕事を長く休まなければなりません。いい仕事をするにも、健康が一番大事だと思います。健康だと髪も健康、肌ツヤも良くて、背筋もしゃんとして、見た目もかっこ良くなりますし。

こう思えるのは、もともと身体が弱かったからだと思います。普段健康な人ほど健康をないがしろにしがちです。病気をして初めて健康のありがたさがわかるともよく言われることです。でも病気になってからでは遅いと思います。私は身体が弱かったから、健康の大切さを知ることができて、身体に感謝しないといけないと今では思います。

子どもの頃は本当に身体が弱くて、学校を2週間休んだりなんてしょっちゅうでしたし、インフルエンザで入院したこともありましたし、生まれつきの虚弱体質だとも言われていました。そういう弱い身体なんだと思って生きてきましたが、化学物質を徐々に減らしていって、完全に自然栽培または有機栽培(未熟な動物性堆肥をなるべく施していないもの)の食べ物だけになってから、丈夫になる一方です。身体って食べ物でできていたんだ、と実感しています。

風邪も滅多にひかなくなりましたし、もしひいてもすぐに治ります。インフルエンザが流行してもちっともかかりません。もちろん、ワクチンは打っていません、あんなのは効きません。胃の痛みもなくなりました。今年は11月に入ってもあまり寒さを感じなくて「温暖化か?」なんて相方と話していたら、玄米食のおかげで冷え性が治ったのでした。医者にもクスリにも1年以上お世話になっていません。虚弱体質だった自分が、普通の人よりも健康になれるとは思ってもいませんでした。

生命力のある食べ物を取り入れることはカッコイイことだと思います。自分以外の生き物のことを思いやった選択でもあります。世の中を良くしていく選択でもあります。健康になって、まわりもハッピーで、お金もかからなくて、楽ちんで。こんなシンプルでいいんだよね、ほんとは。

こちらのスピーチが、食料システムの問題点を短くおもしろくまとめているのでご紹介します。話しているのは11歳の男の子。すごいです。
バーク・ベア「僕たちの食料システムなにかおかしいよ」


おもっていること

マハトマ・ガンジーの
"You should be the change that you want to see in the world."
(あなたがこの世界で見たい変化にあなたがなりなさい)
という言葉、大切にしている教えです。

私がこの世界で見たい変化、いっぱいあるんですが、そのうちの一つは、だれもが思っていることをもっと裸の言葉で、でもソフトに、言い合えて、お互いがお互いの考えを尊重し合えるようになることです。考えが違っても、それで排除したり、変人扱いしたり、嫌ったりしない。多様な考えに触れることで、誤りに気がついたり、真理に近づけたり、ということが、あると思うからです。

だから私はなんでも言ってしまいたいと思っています。言わないと、少数派の意見の人が、本心を言ってはいけないというような空気に飲まれて、ありのままに思っていることを言えなくなる、そういう空気を自分も作ってしまうと思っています。ただ、まだソフトに話す訓練が足りないので、直接はうまく言えないこともあります。そういうまだうまく言えない私の考え方を、ここに書いて読めるようにしておいてもよいかな、と思いました。世の中で現在一般的になっている考え方とはだいぶ違うとは自覚しています。

結婚についての考え方も、そうしたことの一つです。年齢的にも結婚のことを心配してくださる方が多くなってきました。みなさん、私の幸せを思って言ってくださっているというのは理解していて、その気持ちはありがたいことです。みなさんの考え方では、結婚をすることが幸せであるとなっているので、私の幸せを願ってくださっているのだとありがたく思っています。

また一方で、何か独特の考えがあってのことだろうと推察してか、そっとしておいてくださる方々もいて、心遣いをとてもありがたく思っています。また、難しい事情があるのだろう、でも言いにくいことなのかもしれない、と思ってくれているのかも、と表情から感じることもあり、そうではないということを伝えないといけないとも思っていました。よい機会かと思ったので、自分の考えを少しまとめてみたいと思います。

20131105

社会人?

【旧暦10月3日 月齢 1.6 霜降 楓蔦黄(もみじつたきばむ)】

社会人。
過去に英訳がうまくできなくて、変な言葉だな、って気がついた。

新社会人とか言うときの社会人って、ほんとは会社人じゃないか?
社会には、会社に行っていなくても関わっている。参画していける。
よりよく変えていくために、だれにでもできることはある。
そういう意味ではだれもが生まれながらに社会人だと思う。

子育てで会社勤めをしばらくしていなかった女性が、
「そろそろ社会復帰」と言った。ものすごく違和感だった。
地域社会でも、PTAも、立派な社会参加だと思う。人の役に立っている。
買い物で何を選ぶかも、社会に意思表明をすることにつながる。
入院していようが、家庭に専念していようが、子どもだって、
だれだって立派な社会人だと思う。

会社で働いている人でも、社会人は多くないかもしれない。
会社と自分のことしか考えていなくて、
社会を良くすることを考えられないなら、
社会人ではなく会社人でしかないと思う。
朝から晩までお金のために働いて、
余裕がないのも理解できるけれど。
地位と名誉も、なのかな。

そうじゃない生き方だって、やろうと思えばできる。
父からよく言われた
「あの人にできて、お前にできないわけがない。同じ人間じゃないか」
という言葉を思い出した。

20131104

仕事の影響

仕事は人を変える。良くも、悪くも。
だったら、良く変われる仕事がしたい。

一緒に働いている人からも影響を受ける。
やっている仕事の内容自体の影響もある。
会社勤めの場合は特に、一日の大半が仕事になるから、影響は大きいだろう。
職場が変わって人が変わることは、案外、よくあることなのかもしれない。
人が変わるとまでは行かなくても、微妙な変化を感じることがある。

なんだかな、と思うことがあっても、
仕事で歪められているのかもしれない。
それだけで人を決めつけるのは良くないな、と反省した。

うちにもついにソーラーパネルがやってきました

【旧暦10月2日 月齢 0.6 霜降 楓蔦黄(もみじつたきばむ)】

ついに我が家でもソーラーパネルで電気が作れるようになりました。めちゃくちゃうれしいです。今日は曇ですが、しっかり発電しています。朝起きたら、私が起きる前にもう発電を始めていて、なんだかいじらしかったです。


近所の公園で「はらっぱ祭り」というお祭りがあり、トランジションタウン小金井の方が、持ち運べるソーラーシステムのワークショップを、1万円ちょっとでやってくださるということで、相方と一緒に参加させてもらいました。バッテリーが満タンになったら、電球は9時間半、携帯電話は3回充電できるそうです。電気がついたときはもう感動でした。 

自然のことに敏感になるきっかけにもなっていいですね。電気の勉強も、学校ではつまらなかったけど、もっと知りたいと思うようになりました。もっと勉強して、完全自給できるようになりたいです。送電ロスがあるので、やっぱり、使うところで電気を作るのが一番いいと思います。

うちでは電子レンジも炊飯器も掃除機も使わないし、洗濯もちゃちゃっと手洗いが増えてきたので、我が家での電気の完全自給は難しいことではなさそうです。冷蔵庫は非電化冷蔵庫にして、脱水機も自転車にサラダスピナーみたいなの(できれば竹などの天然素材)のでっかいのを付けたような、非電化脱水機ができないかなぁと思案しています。

香川旅行

香川県に旅行に行ってきました。すてきな人々との出会いがあり、うるるん滞在記みたいな旅になりました。

一日目は自転車を借りて高松市内をうろちょろしました。自転車は6時間以内は100円で借りることができます。毎週日曜日に開催されているさぬきマルシェも覗いてきました。すぐそばが海になっていて、島もきれいに見えました。旅行前から気になっていた、まちのシューレ963というおしゃれなお店にも行きました。高松の商店街は広くてきれいでとてもおしゃれでした。秋田の商店街にもこのくらいの活気が戻ってきたら楽しいなぁと思います。高松では、東京で買っているようなものはほとんど見つかるのに、東京ほどは混雑していなくて、ほどよい都会という感じで、街で会った人たちも暮らしやすいですよ~と言っていました。