20160814

思ったことをきちんと伝えることが、自分以外の人のためになることもある

昨日も書いた通り、私は必要だと思えば、関係が悪化する可能性があっても、思ったことは正直に伝えるほうです(もちろん、言い方には配慮しますが)。

思ったことをちゃんと伝えるとよいことは、声を上げられない人や、未来の潜在的な被害を防げることだと思います。

かつて、残業代を払ってくれないのに、部長の気まぐれで業務が増えまくるバイトを数カ月の間、していたことがありました。大学時代にパートタイムで働いていた出版社に戻れるめどが立ち、辞められることになったのですが、後任を探さないと辞めさせてもらえないと言われました。

大学で一つ下の学年だった人で、その仕事に興味を持っていた人がいたので、その人を紹介することになりました。記憶が曖昧ですが、残業代がないことと、部長の性質は話したと思います。その人は働いてみたいということだったので、部長に話してみることに。

この話を別の人にしたら、「あなたね、自分が辞めたい仕事に、だれかを紹介するなんて、そんなことはよくないですよ」と憤慨していました。そう言われて、「確かに…」と自分が情けなくなりました。自分が逃れることしか考えていなくて、相手が行きたいと言うんだからいいじゃないか、くらいにしか考えていなかったのです。

幸い、部長がだらしのない人で、後任を紹介する話は流れたまま、私は退職の日を迎えました。

このときの反省から、自分がされて困ったことが、ほかの誰かに及びそうな場合、きちんと伝えるようになりました。困ることをしてきた人に直接言って、改善をお願いしたり、それが不可能な場合は、判断できる別の人に伝えたり、それでも改善が見込めないときは、被害が及びそうな人に事実を伝えて判断材料を提供したりします。

こんなことがあったのです、と正直に伝えてみると、「実は私もこうだったの!」と打ち明け話をされることも多く、自分だけではない場合がほとんどだとわかりました。香川に来てからもそういうことがあって、「被害者の会をつくろうか」という冗談が飛び出すこともありました。

声を上げることによって、恐ろしくて黙ってしまっていた人が声を上げる勇気につながったり、心につっかえていた悲しみを外に出すきっかけを与えることができるのだとわかりました。泣き寝入りしないことで、被害を未然に防ぐことができると思いました。

困ったことをする人の行動を改善できたことはあまりないのですが、ときどき、素直に聞き入れてくれて、改善に活かしてくれる人もいます。相方もそうだし、私も相方に言われて改善できたこともある。素直に聞き入れられることは聞き入れてもらい、改善に活かしてもらえれば、相手もトラブルを未然に防げるようになったり、人間関係が円滑になったり、人間的に成長できたり、といういい循環が生まれます。

困ったことをする相手に、その困った行為について批判をすると、「愛じゃない」だのなんだとの非難を受けることもありますが、相手に好き放題にさせておくことが愛ではないと思うのです。相手の人間的な成長につながることが愛であって、わがままを許し、他者の自由や尊厳を阻害させておくことが愛ではないと思います。