20160820

『「憲法改正」の真実』(樋口陽一さん✕小林節さんの対談)を読んで。自民党改憲草案では新自由主義が国是に、など。

憲法学者の樋口陽一さんと小林節さんの対談をまとめた新書『「憲法改正」の真実』を読みました。

憲法のことだけでなく、議論のお手本にもなるような素晴らしい本でした。手元に置いておいて何度も読み返し、議論の作法を身につけるための教科書にしたいくらいです。

相方が一流の人について自分なりの定義を書いていましたが、まさにぴたりと当てはまるなぁと(相方はどう思うか知らんが)思いました。見習いたいです。
珍妙雑記帖(2016/08/19):
「一流の人間」をどう定義しますか? 一流の条件とは?
何が素晴らしいかって、まず、意見が違っても、きちんと相手の話を聞く。その姿勢に感銘を受けました。聞いた上で、正確に相手の言うことを理解し、「こういうことですね?」と確認をする(それがまた適確)。異なる意見でもちゃんと議論がかみ合うのです。こんなに優れた対談は、もしかすると初めて見たかもしれません。こういうときはたいてい、自分の安全地帯に逃げ込んで、はぐらかしてよくわからないかみ合わない議論になる。

初めて知る事実があったときにも、知ったかぶりをしない。わからなかったらわかるまで質問をするし、初めて聞いて「なるほど!」と思ったら素直になるほどと言う。すると、議論がどんどん発展していく。自分の知性と思考力に確固とした自信があるからこそ、こういう議論のスタイルが可能なのだと思いました。それに、自分が最初に言った考えでない場合は、だれが最初に言ったことかも明確にしています。クレジットをはっきりさせるのです。これもなかなかできる人はいません。本当に倫理観のしっかりした方々だと思いました。

そして、本にすることを前提にして話している。読者への配慮がまた素晴らしく、ポイントが簡潔に押さえられていて、補足が必要な固有名詞なども適度に説明されていて、しかもおもしろく読めてしまう。平易な言葉で語られた知性あふれる対談。これも本当にすごいと思いました。知性に自信のない人間ほど、難解な言葉や概念をこねくりまわして、読者を煙に巻き、自分の知識をひけらかそうとするものです。そういう態度とは正反対の対談でした。すっかりお二人のファンになってしまいました。

憲法のことで重要なポイントは、たくさんありますが、特に衝撃的だった2つに絞ってお伝えしたいと思います。

1点目は、自民党の憲法改正草案は、戦前回帰とも言われていますが、実は明治憲法よりももっといにしえへの回帰だということ。
樋口さん) これは私自身の表現ではなく、フランス法制史にも通暁した日本法制史の専門家が、あの草案を評して、「あれを明治憲法のようだと言うのはあたらない。慶安の御触書に戻るようなものだ」と、思想史・学説研究のシンポジウムの席上で当日の主題に関連させて発言していたことです。慶安の御触書とぴたりと一致するかどうかは別として、明治以前の法秩序に戻るようなものだという彼の主張は、私もそのとおりだと思いましてね。

 まず、言いたいのは、明治の法体系をつくったときの人たちは、現在の政治家よりも、もっと真面目だったということです。(太字は筆者。以下同)
江戸時代に押し付けられた不平等条約を撤廃するために、明治の政治家たちは必死で一流の近代国家を目指し、ヨーロッパの近代憲法に学び、立憲主義に則った国家体制と法体制を築きあげようと努力をし、議会の運営においても緊張感を持って取り組んでいたのだそうです。

明治憲法は天皇主権であって、国民主権ではなかったものの、当時の政治家たちはヨーロッパの立憲君主制を真面目に学んで、真剣にそのような国家運営をしようとしてきた。異常だったのは、1935年から第2次世界大戦参戦までの10年間だけだったということでした。今の日本は立憲主義さえもおざなりにしていますが、明治の人々は軍部が暴走するまで、立憲主義は真剣に目指していたのです。
小林さん) ところが、経済大国になった日本の政治家たちは、先進国意識だけがあって学ぼうという意識がない。憲法がなんなのかも分からずに政治家をやっている自民党議員が多い
*相方がこの本を読んで書いた記事はこちら。1点目のポイントについて詳しくまとめてくれています。
珍妙雑記帖(2016/07/30):
自民党の改憲草案は、明治憲法どころか江戸時代の「慶安の御触書」への回帰らしい。
2点目は、新自由主義が国是になるということ。

ざっくりとまとめると、新自由主義を国是とし、それによって壊された社会基盤、個人の尊厳、家族、和、日本の伝統、美しい国土などを、復古調の美辞麗句でごまかし、偽りの癒しを与えようとしているのがこの草案だと。そういう洞察です。

新自由主義とは・・・
政府などによる規制の最小化と、自由競争を重んじる考え方。規制や過度な社会保障・福祉・富の再分配は政府の肥大化をまねき、企業や個人の自由な経済活動を妨げると批判。市場での自由競争により、富が増大し、社会全体に行き渡るとする。ネオリベラリズム。

[補説] 大企業や資産家などがより富裕化することを是認し、それらによる投資や消費により中間層・貧困層の所得も引き上げられ、富が再配分されるとする。しかし、再配分よりも富の集中や蓄積・世襲化が進み、貧富の差を広げるという見方もある。(大辞泉)
簡単にまとめると、立場の弱い人や国内の産業を保護するための規制を破壊する政策のことですね。多国籍企業にとっては天国でも、庶民にとっては地獄の国づくり。TPPもそうだし、派遣法の改悪もそうだし、残業代がゼロになるホワイトカラー・エグゼンプションもそうだし、自民党がやっていることはほぼこれに当てはまるのです。そう、まさに命よりカネ。
樋口さん) 安倍政権はかねてから「世界でもっとも企業が活動しやすい国」を目標に掲げてきました。競争と効率を抑制するようなものを「岩盤」と呼び、それを解体する「ドリル」になると言っている。社会の安定性を支えてきたものを壊そうという宣言をこれまた外国のお金持ちばかりの集まる会議(スイスのダボス会議のこと)でした。
…〈中略〉…
今や新自由主義者たちの寄り合いと言って良い会合に、一国の首相が出かけて、「ドリル」になると宣言してきた。

最近で言えば、農協改革、大学改革、そしてTPP(環太平洋経済連携協定)です。改正草案前文に書き込まれた、日本の美しい社会基盤を壊す政策ばかりです。
やっていることは新自由主義、これを憲法にもしてしまう、というのが自民党の草案らしい。

自民党の改憲草案の前文には「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」という“異様な規定”(樋口さん)があり、お二人とも、これでは経済成長が日本の国是となっていると言えるということで意見が一致していました。

樋口さんは、世界の中で日本だけが「野放図な新自由主義と経済成長原理主義をなんと憲法規範にしてしまおうというわけ」だと、小林さんは「世界最大の資本主義の擁護者、アメリカの合衆国憲法ですら、資本主義のルールを書いていない。いや、そんなものを書くわけない」と呆れていました。

どうしてやっていることはグローバル化推進による国の破壊なのに、なぜ、美しい国だの、日本の伝統だのと、いにしえに回帰するような復古主義を謳っているのかということについて、ずっと矛盾を感じていました。なんでだろう、と不思議に思っていました。これについてお二人は次のように語っています。
樋口さん) 効率重視、競争の拡大を進めて、無限の経済成長を目標に置けば、「国と郷土」「和」「家族」「美しい国土と自然環境」「良き伝統」、この全部は壊れてしまいます。片方で日本独特の価値を追求しつつ、他方国境の垣根を取り払い、ヒト・モノ・カネの自由自在な流通を図るグローバル化を推進するというのは、矛盾というほかありません。

小林さん) この矛盾をどう考えましょう。

樋口さん) 論理的にはひどく矛盾していますよね。けれども、実はこの二つは表裏一体なのかもしれません。

つまり、「美しい国土」などの復古調の美辞麗句は、競争によって破綻していく日本社会への癒しとして必要とされた、偽装の「復古」なのではないかと思うのです。

小林さん 新自由主義によって人々が分断され、安定した社会基盤が壊されていくなかで、スローガンとしては愛国だの、家族だの、美しい国土だのを謳いあげて、社会の綻びを隠そうということですね。

樋口さん) そうです。だから、癒しと言っても、表面だけにつける薬です。こんなやり方で新自由主義を国是に掲げ、表面だけの癒しに終始したら、病状はますます悪化するだろうということですね。私はそういうふうに読み取りました。
この本を読んで、そういうことだったのか!とすっきりしました(具体的に草案の条項を挙げながら、本で説明されていますので、それは本で読んでいただけたらと思います)。確かにそう考えるとすべて話が通るのです。

そして戦争もグローバル企業にとっては最大のビジネスです。普通の人々に血を流させるマネーゲーム。地球のどこまででも行って戦争ができる国づくりをするのも、国民をお国のために死ぬのが名誉だと洗脳して全体主義に向かわせ、いくらでも血を流してくれるように仕向けるのも、戦争で金儲けをしたい人たちを喜ばせたいからでしょう。お国のために血を流せと言う人たちは、自分たちは決して血を流さないのです。自分たちは命令するだけ。血を流すのは普通の人々です。

こんな国、みなさんは望みますか? 望まないのであれば、これから、どういう行動をとっていくべきなのかどうか。私は望まないので、これからどうしていくべきなのか、よく考えて、時間を有効に使っていきたいと思います。