【旧暦神在月廿日 小雪 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)】
このまえ、日本の奨学金制度が変だよね、という話を書いたときに、私もよく大学に行けたもんだなぁと、中学生のころを思い出しました。不思議なめぐり合わせで今があります。
ビジョンを描いて強くイメージするとその通りになると、よく言われますが、ときにビジョン以上のものが実現することがあるもんだと思いました。
私の人生を大きく変えた先生が2人います。
1人は中学校のときの担任の先生。
私は中学生のとき、大学に行く気はさらさらありませんでした。家計を考えるととても無理でした。大学に行かないのだから、進学校に進むなんて、考えもできませんでした。進路希望には自転車で行ける範囲のところにある地元の高校の名前を書きました。卒業後すぐに就職する人の多い高校です。
勉強は好きだったのでどの科目もそれなりにできました。担任の先生に呼び出されて、「お前が○○高校(地元の高校)ってどういうことだ?」と聞かれました。先生は地区で一番偏差値の高い進学校を薦めました。電車賃もかかるし、教材費も高いに決まっています。家計を考えると、大学に行かないのに、なんで進学校に行かないといけないんだろう、と無意味に思えました。
中学生のころから英語が大好きで、翻訳家の仕事に淡い憧れを抱いていました。当時は海外に行けば英語ができるようになると思っていたので、先生に「大学に行かなくたって、○○高校だったらバイトができるから、バイトをいっぱいして、お金を貯めて、アメリカに留学する」と言い張ったのを覚えています。
その先生はなぜか私を気にかけてくれていて、生徒会の顧問でもあった先生は、私を生徒会に誘ってくれました。父が、暗くなったら送り届けることという条件を出したため、暗くなるまで生徒会の活動があったときは家まで送り届けてくれました。車のなかで先生が、「英語の最高峰は東京外語の英語科だ。お前だったら入れるんじゃないか」と言ったのを、今でも思い出します。高校を卒業して、お礼を言いに行くと、先生は忘れていましたが。
先生はうまいこと父を説得し、私は結局進学校に入ることになりました。
もう一人は高校のときの英語の教科担当の先生。
進学校に入ることになったものの、大学に入るお金ができる見込みはありません。進路希望に「公務員」と書いて提出しました。公務員試験の勉強をして、地元の公務員になり、土日に家業のリンゴ農家の手伝いをするつもりでした。
英語の教科担当の先生は、「公務員ってどういうことだ?」と、担任でもないのに心配して聞いてくれました。「うちはお金がないから、とても大学なんて行かれません」と事情を話すと、昔の教え子で企業が出資する財団が提供する返済不要の奨学金をもらって進学した生徒さんの話を教えてくれました。それを聞いて、町の図書館のパソコンで奨学金を検索してみると、給付型の奨学金がいくつかありました。東京外国語大学が指定校に入っている財団を見つけて、応募してみることになり、推薦状も教科担当の先生が書いてくれました。
奇跡のようでしたが、めでたく選考を通過し、入試を受けることに。お金がないので、滑り止めは受けられません。落ちたらりんご農家を継ぐと約束し、父に受験料を出してもらい、東京外国語大学の英語科だけを受験しました。中学校の担任の先生が何気なく口にした「東京外語の英語科」に入ることになるなんて、因果なものです。父はかなり複雑な心境だったに違いないと思いますが、引っ越しも入学手続きも全部手伝ってくれて、親はやっぱり子どもの幸せを考えてくれているんだなぁと、今でも親ってすごいなぁと思います。
中学校の先生と、高校の英語の教科担当の先生がいなかったら、私は大学に入っていなかった。まったく違う人生を歩んでいたと思います。2人の先生との出会いは、なにか目に見えない偉大な存在が導いてくれたとしか思えないような、絶妙なタイミングでの出会いでした。振り返ると感慨深いものがあります。
中学生のころの自分が思い描いていたのは、パートで働きながら、りんご農家を継いでいる自分。
高校生のころの自分が思い描いていたのは、公務員をしながら、りんご農家を継いでいる自分。
りんごもおもしろかったと思うけど、父のやり方と私のやりたいやり方が合わないので、衝突が絶えなかったんじゃないかと思います。
今の自分は、大好きな英語を使った仕事をして生きていて、世界中に友だちや仲間がいる。あの頃思い描いていたのよりもはるかにおもしろい人生を歩んでいます。思い描いたビジョン以上の人生になっている。
頭では現状の現実から出た未来を描いていても、勉強をやめなかったのは心の奥底では、本当の望みを諦めていなかったからだと思います。よくこんなところまで来たものだなぁ。夢を諦めずに、そのときの事情の範囲でできることを続けていれば、思わぬ形で道が開けて、想像以上の結果になることがあるんだなぁと思いました。