20160422

ルサンチマンに負けるな。

【旧暦弥生十六日 穀雨 初候 葭始生(あしはじめてしょうず)】

最近、さまざまな偉人について、じっくり読む機会がありました。翻訳のお仕事でいただいた原稿で、さまざまな偉人が次から次へと出てきます。

調べないと訳せないので、ウィキペディアや百科事典などで、その人物について調べます。名前を聞いたことがある程度だった人々が、その人について調べて読んでいくうちに、だんだんと身近になってきます。

偉人というのは、同調圧力に負けずに、自分を貫き通した人なんだと思いました。同調圧力に負けないと言うと、言葉はかっこいいように聞こえるけれど、必然的に、孤独になるということです。

孤独の中で、誹謗・中傷、同調圧力に耐える。孤独のまま、亡くなってから真価が認められた人もいて、理解者が1人でもいる人は恵まれているし、受け入れてくれる時代に生まれられた人はもっと恵まれているんだな、と思いました。

翻訳を進めていた頃、ある朝、「ルサンチマンに負けるな」という声で目がさめました。不思議なこともあるものです。「ルサンチマンってなんやったっけ?」と調べてみると、英語のresentment(敵意、妬み、恨み)の元になっているフランス語のressentimentのことで、ニーチェが使った言葉でした。

その前の晩にニーチェについて訳していたので、ルサンチマンは出てこなかったのですが、記憶の断片が引き出されたのかもしれません。それともニーチェが夢にやってきたのか?

ルサンチマンの定義は、ウィキペディアによると、
ルサンチマン(仏: ressentiment)とは、主に弱者が強者に対して、「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を持つことを言う。
キルケゴールが確立した哲学上の概念で、ニーチェも『道徳の系譜』(1887年)でこの言葉を使ったらしい。

道徳の系譜 (岩波文庫)

ニーチェによれば、ルサンチマンを持つ人というのは、
非常に受け身で、無力で、フラストレーションを溜めた状態にある。つまり、実際の行動をとるには社会的な制約があり、自身の無力を痛感している人である。そういう状態にあっては誰であっても、ルサンチマンを持つ状態に陥る。
なのだそう。自己肯定感がない人たちということですね。微力だけど無力ではない、と思うのですが。それとも、自分では何もしない言い訳ができる状態を保ちたいだけなのかもしれません。

ルサンチマンを持つ人というのは、無力感がある限り、いなくならない。だとすれば、力があるとわかっている人が、自分の力を思う存分に発揮して、自分とまわりと、世界をより良くしていこうとしたら、他者からルサンチマンを向けられるのは、避けられないことなのだと思います。

先日の熊本県の地震で、被災された方々のためにと、モデルの方が約500万円を熊本県に寄付されたそうですが、寄付の証明となるものの写真をブログに掲載したところ、「売名」だと炎上したらしい。これなんかもう、ルサンチマンの典型例だと思いました。
【熊本地震】紗栄子「500万円寄付」に批判の声…歪んだ不謹慎狩り
証明を載せなければ載せなかったで、「ウソじゃねーの?」とか言うくせにね。寄付も何もしなければきっと、「金持ちのくせに」と後ろ指を指す。何かいいことをすれば、「偽善者」と袋叩きに合う。何もしなければしなかったで、「非情」と言われる。ルサンチマンを持つ人たちは、何をしたってどのみち、文句を言うんだから、批判なんか恐れずに、自分が善と信じることを貫くのがいいと思います。

文句を言う暇があったら、自分も何か行動したらいいのに。

「ルサンチマンに負けるな」。今回、翻訳で深く知る機会のあった偉人たちは、本当に尊敬でき、共感できる人ばかりでした。中には、あんまりよくない才能が偉大だった人もいましたが…。尊敬でき、共感できた偉人たちに近づくには、ルサンチマンに負けずに、孤独になることを恐れずに、自分が信じることを、コツコツと積み重ねていくことだなぁと思いました。