20160207

なぜブログを書くのか

【旧暦師走廿九日 立春 初候 東風解凍(はるかぜこおりをとく)】

旧暦では今日が大晦日。一年の最後の日です。

一年の締めくくりということで、ふと、なぜこのブログを書いているのかを考えてみたくなりました。

このブログの存在理由や意義とは何なのだろう。

1. 自分で考える、思う、感じる、ということを肯定したい

上から言われたことを丸暗記して、覚えているかどうかテストして、たくさん覚えていたら高く評価される。

そういう教育を受けてきた人が多いなかで、人と違うことを考えたり、思ったり、感じたりすることに、抵抗を持っている人が多いように感じます。

違う考え方に対して、そういう人もいるよね、と認め合う空気がなさすぎる。

私という一人の人間はどう考えるのか、どう感じるのか、どう思っているのかを世の中にこうして発信することで、「あ、こんなふうに、自分が思うこと言ったっていいんだぁ」って思ってくれる人が増えたらうれしいと思っています。

自分で情報を集めて考えを形成したり、自分が思うこと、感じることを、人と違っても出していい、世の中にしていきたい。そんな思いもあります。

2. 多様性をもっと顕在化させたい

ちょっと大多数と違うことをしている人が、「あの人は変わってる」って言われてる。私もときどき「変わってる」と言われる。

でも、そう言うあなたも、もともとは他人とは違う自分であるはず。みんなそれぞれ、生まれながらにユニークでオリジナル。唯一無二な存在のはず。

世の中、本当は多様性にあふれているはずなのに、オリジナルな自分を引っ込めて、まわりに合わせてモノトーンな世の中を彩ってしまっている。

目に見えている範囲で言えば、例えば、流行の服をまとい、みんなと同じで安心して、生き方も、何歳で就職して、結婚して、子どもを産んで、何歳になったらもう老人だから老後の備えを始めて、みたいな、同じような年で同じような選択をしていかないと不安を感じたりする人も多い。

私が一人、自分が思うままを、考えるままを、ここで発信することで、こんな考えもあるんだなーと、この世の中に一つの新しい独特な色を塗りたい。

みんなで塗っていったら、合わないと思っていたような色も全体で見たらおもしろいことになっていたり、意外な組み合わせがきれいだったり、深みが生まれたり、強くて、やさしくて、おもしろくて、美しい世界になると思う。

また、このブログでは、昔ながらのような新しいような暮らしについても綴っていますが、私なりの自然と共にある暮らしのスタイルを書いていくことで、こんな暮らし方、生き方もアリなんだ、なんでもアリなんだ、と思ってくれる人が増えたらうれしいと思っています。

ここで、静かに、自分が思っていること、感じていること、考えたこと、自分のオリジナルな暮らし方、生き方を綴って、私の世界を描いていきたいと思っています。それが、多様性を彩る一つの色彩になってくれて、だれかのオリジナルな色彩を引き出すことにもなるかも、という淡い希望を抱きつつ。

3. 自己表現の一つ

会話で自分の思っていること、知っていることを十分に伝えるのが、どうも私は得意ではないようです。

一般に信じられていることや、当たり前だと思われていることに、そうなの?とツッコミを入れて考えずにはいられません(水瓶座に木星を持っているから仕方がないのかもしれません)。世間一般の社会通念的なものとは考え方が違い過ぎるようです。

人とうまくやろうと思ったら、思ったことを言わずに空気を読んで合わせるか、うまくやれるくらいのところで、小出しに言う。

そんな会話スタイルだと、引っ込めたことが大半になります。それで平気ならいいのですが、引っ込めたことが多いとモヤモヤして、心がへっこんでしまうみたいです。

でも、そのまま、その場で、ぼーんと出してしまうと、相手に噛みつかれて傷ついたり、逆に相手が受け入れられないことを言ってしまって傷つけたりしてしまう。

ブログなら、よく考えて、個人への攻撃にならない形で、自分の言いたいことを、最もしっくりくる形で出せる。

モヤモヤを心の中にしまっておかずに、考えるきっかけや、表現のきっかけにして出すことで、自分を曲げずに、凹ませずに、折れずに、いられるような気がします。

4. 個人レベルで社会のために何かできることがしたい

貧困のこと平和のこと環境のこと政治のこと、社会のさまざまな問題について、私は何も知らずに大学を卒業し、社会人になったつもりでいたけれど、「会社人間」にはなっても、「社会人」にはなっていなかったことに、原発事故で気がつきました

会社と関わって、会社にとっていいことをして、対価としてお金を得ることはしていても、社会に関わって、社会にとっていいことをして、自分もまわりも幸せにする、ということに目が向いていなかったのでした。

既存のメディアをただ見ているだけでは必要な情報が入ってこないこと、考える材料がそろわないことに気がついて、自分で情報を取りに行くようになると、隠されている情報というのが多すぎるのがありありとわかるようになってきました。

隠されているというよりも、関心を持つ人が少ないから、大きく取り扱われない、と言ったほうが適切かもしれません。

関心を持つ者の責任と言ったら大げさかもしれませんが、
「知っておいたほうがみんなにとっていいんじゃないかな」
「当事者と一緒に声を上げたい」
「今言っておいたら、まだいい方向に変えられるかもしれない」
などと思うことは、小さくても発信しておきたいと思っています。

今、直接的に自分への影響が感じにくくても、広い目で見たら、巡り巡って、自分のためになることだと思うからです。

それに、発信をする、となると、ただ読んで理解しておくだけよりも、責任が重くなる分、よく調べ、よく考える必要が出てきます。

デモで大声を出すのも苦手だし、座り込みも心臓が持たないと思うけど、これくらいは私にもできることだなーと思ってしています。

翻訳を仕事にしていることもあって、英語で知った情報を伝えることもできます。義務ではなく、本当にボランタリー(自発的)な活動なので、ある意味、純粋な意味でのボランティアかもしれません。

***
こんな感じかなぁと思います。

ブログでお金を稼いで、善良な若者にベイシックインカムを提供して自分らしく自立できるように応援したり、地方を面白くしたりするのにお金を生かしているイケダハヤトさんを見ていると、彼のようにプロ野球選手並みの努力をして「プロブロガーになって、おもしろいことにお金を循環させたい!」とたまーに思うこともあるのですが、ブログを大きな収入源にすることは、今のところあんまり考えていません(たまに読みたい本が買えたりしてうれしいこともあります)。

本格的に収益化するとなると、読んでくださる読者の方に良質な情報サービスを提供する、という位置づけになってくると思うのですが、私はこのブログをまだそういうものにできる気がしていません。

すでに挙げたような目的の場なので、これを大事にしようと思うと、情報サービスという点ではちょっと違うかな、という気がしています。

プロになるなら、顔を出したほうが信用を得られて絶対にいい!とよく言われていますが、私は顔を出したくない、というのもあります。日常生活が落ち着かなくなるのが怖いです。

なので、マイペースに、書きたいことを、書きたいだけ、好きなように書いていこうと思います。アマチュアと呼ばれても、雑魚と呼ばれても、まぁ、私は私なので・・

「おめえなんか雑魚以下じゃ!みじんこレベルじゃ!」
とか思う人もいるかもしれませんが、いいのです。

微生物でもなんでも、微生物には微生物なりの役割があります。発酵の世界のように、多様性が活きる世界をつくっていけるようにコツコツと楽しく続けていこうと思います。