20180327

モノが持つ力

水を入れると、入れた水がおいしくなるというグラスに出会った。水を入れて数分後には透明度が増して水が輝いて見える。摩訶不思議なグラスだ。その形状が水を振動させて活性化するのだという。

初めて説明を読んだときは、半信半疑だった。発明した人が真剣だったのと、作っている人が真面目そうな職人さんだったので、もう少し読んでみると、値段も手ごろで、デザインも好きだったので、試しに取り寄せてみた。「ちょっと変わるくらいかな?」と思いきや、全く味が違う。あまりにも劇的な変化で「なんでだろう」と飲むたびに不思議だ。

20180320

二十四節気七十二候のまとめ

日本の四季の移り変わりを暦にした二十四節氣と七十二候は、農作業など植物との関わりかただけでなく、季節に合わせて体調を整える参考になります。

二十四節氣七十二候に初めて出会ったのは『にほんのいきもの暦』(日本生態系協会・著/アノニマ・スタジオ刊)という本。写真もきれいで、植物や生きものに会いに出かけたくなります。今は文庫版も出ているようです。

にほんのいきもの暦

二十四節気七十二候を以下に一覧にまとめます。太陽の動きを基に算出されているので、日付は毎年変動します(正確な日付は『こよみのページ』などのサイトで知ることができます)。過去に1つずつ記事にしていたのですが、一覧になっていたほうが探しやすいので、一本化することにしました。お探しの七十二候にずばっとたどり着きたい方は、Ctrl+Fで検索してください(ショートカットキーはブラウザーによるかもしれませんが…)。

20180313

homemakerという英単語―「主婦」に代わる日本語がほしい

小豆島にあるhomemakersという店名のカフェのことをガイドブックかなにかで読んで、なんとなく頭の片隅にこの単語があった。homeをmakeする人―思い通りの暮らしの場を創造する人たちという感じで素敵な名前だなーと思っていた。

翻訳をしていて、homemakerという単語に再び出くわした。辞書では、「主婦」「主夫」が訳に当てられていたが、やっぱりしっくりこない。英語でも昔は、いわゆる「専業主婦」のことをhousewifeと言ったが、今は特にアメリカではhomemakerのほうがこのまれるそうだ。検索してみたら、full-time homemakerという表現もあった(たとえば、コチラのThe Japan Timesの記事で使われている)。日本語の「主婦」という言葉は、家事が「婦人」すなわち女の仕事、という感じがして嫌な言葉だと思うが、ほかに代わる言葉は今のところ存在しない。

20180227

プラスチックフリーを目指すとともに

環境保護団体のグリーンピース・ジャパンからプラスチックフリーの生活を提案するメールニュースが届いていた。

包装プラスチックはリサイクル用にゴミ袋が分かれているので、リサイクルされているものと思っていたのだが、メールニュースにはこう書かれていた。
分別したプラスチックは、リサイクルで新しく生まれ変わっているものと思っていました。でも調べてショックを受けました。実は日本で、循環するプラスチックはわずか。ほとんどは”燃料”になったり、海外に輸出されたり、役立てられずに焼却されたり埋め立てられたりしているんです。

20180220

性差別的で不快な言葉「処女作」について

昨夏、以前から憧れの存在だったガーデナーで絵本作家のターシャ・テューダーさんの映画を見る機会があり、ますますすきになった。暮らしについては映画で垣間見ることができたが、どのような絵本を生み出されてきたのかにも興味がわいた。

ターシャさんの暮らしをフィーチャーした本や名言集はよくあるが、絵本はなかなか見かけない。取り寄せようにも、100冊以上もあるのでどれが自分に合うかわからない。ターシャさんが手掛けた絵本の解説書を図書館で見つけ、パラパラと眺めてみた。

絵本作家ターシャ・テューダー on Amazon

ところが、著者が「処女絵本」「処女作」を連発するので途中で嫌気がさしてきた。

20180213

店の人のプライバシーを侵害する下世話な客について

しばらく前に、友人からこんな話を聞いた。

親しくしているお店に寄ったとき、客が2人やってきた。死んだ魚のような目をした年配の女性と、やや若く見えるが死にかかった魚のような目をした女性だったらしい。お店は女性と男性で切り盛りしているのだが、お店の男性が離れたすきに、お店の女性に「あれは彼氏ですか?」と年配の女性が聞いた。友人は内心、「それ、(お店と)関係あるかよ?」と呆れ返ったそうだ。

20180206

スマートフォン✕SNS=写真嫌いには生きづらい時代

昔から写真を撮られるのが嫌いで、卒業アルバムでも、カメラを発見すると逃げまくり、どうしても仕方のない集合写真と個人写真以外は、可能な限り写らないようにしていた。スマートフォンが普及して、SNS利用者が増えるにつれて、許可もなくバシャバシャと撮りまくる人が増え、写真嫌いには生きづらい社会になった。