20190409

自分を大切にすることは社会貢献の第一歩

だれかの役に立ちたい。困っている人を助けたい。だれかを笑顔にする仕事がしたい。社会貢献がしたい。こうした望みは、きっと誰しも、多かれ少なかれ、持っているものではないかと思う。

私のなかにもそれはある。でも、「それはなぜか?」と考えてみると、「まわりに認められたい」「偉いヤツだと思われたい」といった、承認欲求から来ているものでは全くないとは言えない感じがする。この段階では、本当に純粋に、他者の幸せを望んでいるものではないので、「順序を間違えたらいけないな」と、闇雲に行動に走ることは控えている。

20190402

自己犠牲について

自分のことは後まわしにして、まわりのために尽くす。世間では、自分を犠牲することは、立派な行為、尊い心がけのように見なされているように思える。

「世のため、人のため」という教えを、小さいころから叩き込まれてきたような気がする。「自分はいいから」と身を引いたり、我慢したりすることが、立派な人間のすることだという考え方に、あまり疑問を感じてこなかった。

でも、自分を犠牲にすることは、本当の意味では「世のため、人のため」にはならないと最近思う。

20190326

大切なことは身近にある

世間一般で「すごい!」と言われることに、つい骨髄反射的に「すごい!」と思ってしまう。

たとえば、金メダルを取ったとか、栄誉ある賞を受賞したとか、長者番付に載ったとか、本がベストセラーになったとか、SNSでフォロワーが何万人超だとか。

こういう話題を聞くと、思わず「すごいねー!」と反応してしまう。でも、その数秒後には「果たしてそれは本当にすごいのか?」と問いかける自分が心のどこかにいる。

20190319

だれかに言われたことに嫌な気分が生じたら

人の意見はさまざまだ。人生設計や生き方となると、なおさらで、相反する玉石混交の意見が飛び交っている。

20190312

あれから8年

東日本大震災と東京電力の原発事故から昨日で8年が経った。

今でも困難な生活を強いられている人もいる。不安のなかで暮らしている人もいる。傷が癒えていない人もいる。家族や親戚、友人や地域の人々との関係が大きく変わってしまった人もいる。震災だけだったらどうにかなったけど、原発事故があったから、放射能は目に見えないし、今も原発から出続けているから、もとの暮らしには戻れないという声も多く見聞きしてきた。

せめてこの日くらいは、被災された方々の気持ちを想像し、あの事故が私たちの世界に問いかけた大きな課題について、どうしたら解決できるのか、考える時間を持ちたいと思っている。

20190226

羊に痛みを与えないノンミュールシングのウールを選びたい―「ミュールジング」とは?

大好きなフェアトレードブランドのピープルツリー。購読しているメールマガジンで、以前、気になる情報があった。
ピープルツリーのニットは、ニュージーランドのウールを使っています。
ニュージーランドでは、ヒツジにとって残酷な処置である「ミュールシング」が国の法律で禁止されているので、ノンミュールシング・ウールであることがきちんと保証できるからです。
(ピープルツリー The Days 2018/10/31「ヒツジにもやさしい。着まわし優秀なシンプルニット」より)

20190219

インスタグラムをやらない理由

インスタグラムという写真を共有するSNSがある。登録しなくても閲覧だけはできるので、すきなお店や作家さんの情報を得るのに、たまにのぞいている。

最近では、臨時休業や営業時間の変更も、インスタグラムだけで伝えているお店も多いので、訪問の前にインスタグラムを確認するようになった。

他人から「どうしてやらないの?」と思われていそうだなあと察知してしまうこともよくある。登録すらせずに閲覧しているだけでも、自分には無理だなとすごく思う。