東日本大震災と東京電力の原発事故から昨日で8年が経った。
今でも困難な生活を強いられている人もいる。不安のなかで暮らしている人もいる。傷が癒えていない人もいる。家族や親戚、友人や地域の人々との関係が大きく変わってしまった人もいる。震災だけだったらどうにかなったけど、原発事故があったから、放射能は目に見えないし、今も原発から出続けているから、もとの暮らしには戻れないという声も多く見聞きしてきた。
せめてこの日くらいは、被災された方々の気持ちを想像し、あの事故が私たちの世界に問いかけた大きな課題について、どうしたら解決できるのか、考える時間を持ちたいと思っている。
20190312
20160917
怒りの矛先を間違えない
うちはほぼ玄米菜食で、私は野菜さえあれば満足なのですが、相方がときどき、スーパーなどで魚を見ると食べたがります。漁港直送の新鮮な珍しい魚が近所のスーパーでも並んでいておいしいので、無理もありません。
しかし、海にも放射性物質は垂れ流されつづげているし、空気中に飛散し続けている放射性物質も雨になって降り注ぎ、川をつたって入り込むものもあります。魚は生き物なので、捕獲されたのが他県でも、泳いできた場所によっては放射性物質を取り込んでいる可能性もある。検査もきちんとは実施されていないので、相方は魚を食べたいけど、放射能汚染を心配しています。私は魚を食べなくても平気なので、放射能汚染の心配をしてまで魚は食べなくてもいいのですが…。
相方は、スーパーに行くと、魚コーナーに必ず寄り、いい魚ないかな~と物色します。私はそんなに食べられないのですが(少しで満足してしまう)、放射能汚染の心配のたぶん少なそうな日本海側や南のほうのお魚を一緒に探して、よさそうなのを見つけると相方に教えます。
tom-tom:これ、おいしそうだよ~
相方:うーん…
tom-tom:こっちは?
相方:うーん……
tom-tom:私別に食べなくてもいいんだけど…
相方:うーん、おいしそうなんやけどね、この魚、泳ぎまくるんかな?
放射能汚染が心配で、どこを泳いできた魚なのかが知りたいということです。
私は魚を食べなくても平気なので、魚を見に行く必要は全くないのですが、相方が食べたいと言うから一緒に探しているのに、毎回このやりとりになるのは、たまにイラっとすることもあります。「あんたが食べたいって言うから見に来てるのに毎回その質問。そんなん言うんやったら魚らてもう食べんかったらええやろ。魚博士になってから食べたらええわ」とブチ切れてしまうこともたまに…。
でも、わるいのは相方じゃないんですよね…。相方が放射能汚染を撒き散らしているわけではないのですから、相方に怒りを向けるのは矛先が間違っています。
相方の心配はおおげさではありません。海外では日本の海産物を輸入禁止にしていたり、輸入する場合は放射能検査を要請または自国で放射能検査を実施している国もあるほどです。秋田で放射能検査を個人で実施して情報公開をしてくださっている「べぐれでねが」さんの調査では、静岡県の沼津で水揚げされ、外食産業などの業者向けに普通に販売されていたアオザメから放射性物質が707ベクレル(ちなみに日本の現在の基準は100ベクレル)検出されたということです。
目に見えない放射能をばらまいているのは東京電力と、一緒になって原発を推進してきた政府。そしてその政府をつくった原因の一つには有権者が無関心を続けてきたことがあります(もちろん、国民が関心を持たないように仕向けてきたというのもありますが)。怒りを向けるべきは、そっちなのです。
放射能汚染のない食べ物を安心して食べられるようになりたい、世界から原発をなくしたい。その願いを持っているのなら、むしろ、相方はその仲間。その相方にブチ切れるのは、怒りの矛先を間違えています。
こういうことが、一般にも広く見受けられます。同じ願いを共有して活動している仲間なのに、努力が足りないとなじったり、足を引っ張ったり、けなしたり、意見や考え方がちょっと違うだけで誹謗中傷を浴びせたり…。自分が望む現実をつくっていくためには、理想を共有する仲間に、短絡的な怒りをぶつけるのではなく、同じ方向を向いて協力できるように努めることが大切だと思います。
) 関連記事
20151206 ドキュメンタリー映画『小さき声のカノン―選択する人々』、ものすごく良かったです
20160901 「敵」のなかに味方を増やす
20160821 身体は正直。痛みや不調は、何かが違っていることを知らせるサイン。
しかし、海にも放射性物質は垂れ流されつづげているし、空気中に飛散し続けている放射性物質も雨になって降り注ぎ、川をつたって入り込むものもあります。魚は生き物なので、捕獲されたのが他県でも、泳いできた場所によっては放射性物質を取り込んでいる可能性もある。検査もきちんとは実施されていないので、相方は魚を食べたいけど、放射能汚染を心配しています。私は魚を食べなくても平気なので、放射能汚染の心配をしてまで魚は食べなくてもいいのですが…。
相方は、スーパーに行くと、魚コーナーに必ず寄り、いい魚ないかな~と物色します。私はそんなに食べられないのですが(少しで満足してしまう)、放射能汚染の心配のたぶん少なそうな日本海側や南のほうのお魚を一緒に探して、よさそうなのを見つけると相方に教えます。
tom-tom:これ、おいしそうだよ~
相方:うーん…
tom-tom:こっちは?
相方:うーん……
tom-tom:私別に食べなくてもいいんだけど…
相方:うーん、おいしそうなんやけどね、この魚、泳ぎまくるんかな?
放射能汚染が心配で、どこを泳いできた魚なのかが知りたいということです。
私は魚を食べなくても平気なので、魚を見に行く必要は全くないのですが、相方が食べたいと言うから一緒に探しているのに、毎回このやりとりになるのは、たまにイラっとすることもあります。「あんたが食べたいって言うから見に来てるのに毎回その質問。そんなん言うんやったら魚らてもう食べんかったらええやろ。魚博士になってから食べたらええわ」とブチ切れてしまうこともたまに…。
でも、わるいのは相方じゃないんですよね…。相方が放射能汚染を撒き散らしているわけではないのですから、相方に怒りを向けるのは矛先が間違っています。
相方の心配はおおげさではありません。海外では日本の海産物を輸入禁止にしていたり、輸入する場合は放射能検査を要請または自国で放射能検査を実施している国もあるほどです。秋田で放射能検査を個人で実施して情報公開をしてくださっている「べぐれでねが」さんの調査では、静岡県の沼津で水揚げされ、外食産業などの業者向けに普通に販売されていたアオザメから放射性物質が707ベクレル(ちなみに日本の現在の基準は100ベクレル)検出されたということです。
放射能汚染のない食べ物を安心して食べられるようになりたい、世界から原発をなくしたい。その願いを持っているのなら、むしろ、相方はその仲間。その相方にブチ切れるのは、怒りの矛先を間違えています。
こういうことが、一般にも広く見受けられます。同じ願いを共有して活動している仲間なのに、努力が足りないとなじったり、足を引っ張ったり、けなしたり、意見や考え方がちょっと違うだけで誹謗中傷を浴びせたり…。自分が望む現実をつくっていくためには、理想を共有する仲間に、短絡的な怒りをぶつけるのではなく、同じ方向を向いて協力できるように努めることが大切だと思います。
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20151208
『小さき声のカノン』―感想ふたたび
【旧暦神在月廿七日 大雪 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)】
先日、『小さき声のカノン―選択する人々』を観て、
「日本とベラルーシではなんでこんなに国の対応が違うんだろう?」
「日本でもベラルーシみたいな対応が国としてできないのはなぜなんだろう?」
「ベラルーシみたいなきちんとした対応をするために、私たちに足りないものってなんなんだろう?」
そんな疑問がいっぱい湧いてきました。
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20151206
ドキュメンタリー映画『小さき声のカノン―選択する人々』、ものすごく良かったです
【旧暦神在月廿五日 小雪 橘始黄(たちばなはじめてきばむ)】
先週、ずっと見たかった映画、『小さき声のカノン―選択する人々』をようやく見ることができました。
子どもたちを放射能への被曝から守りたいと願い、できることをなんでもやろうと努力しているお母さんたち(一人だけお父さんも出てきた)の姿がありのままに捉えられていました。
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