よく一般的に使われる「女らしい」、「男らしい」という形容。
「男の子だから料理ができない」
「女の子なのに料理が下手」
「男の子だから車が好き」
「女の子なのに車が好き」
「男の子なのにピンクが好き」
「女の子なのに青が好き」
こういった表現もよく耳にします。「男なんだから泣くな!」とかはもう最低だと思う。泣きたいときは泣けばいいんですよ。「女のくせにそんな乱暴な言葉遣いして!」とかも、男も乱暴な言葉は使わないほうがいいのではないですか。
スピリチュアル系の人たちがよく使う、「男性性」「女性性」。占星術(いわゆる星占い)にもよく出てくる用語で、星座も男性星座、女性星座に分けられています。
こういう言葉には、とても違和感を感じます。というのは、この、「女らしい」「男らしい」「男性性」「女性性」といった言葉は、定義がとても曖昧ではっきりしない言葉であるにもかかわらず、生まれながらの性別によって、「どうあるべきか」を強制してくるものだからです。もう少し厳密な定義の言葉ではっきりと言われたら拒否感を感じるものであっても、「女性性」「男性性」などという言葉で語られると、はっきりしていないためになんとなく受け入れてしまったり、刷り込まれたりしてしまうのも恐いところだと思います。個性を阻害するものだと私は思っています。
男が外で働いて、女は家の中にいて家を守って、みたいな固定観念があります。スピリチュアルやマクロビの人間に対する陰陽論などでは、女が外で活躍すると、「男性性と女性性のバランスが崩れる」(というか、男性性が優位になるって意味でしょ?女が男化すると言わんばかり)と言われることもあります。
「女が外に出ることは、男になるということなのか?」
「外でさまざまな人たちと交流するのは男の役割なのか?」
「女は家の中を守ってこそ女らしいとされるのか?」「でも、そういう考え方があるから、国会議員や、会社の重役に女性が著しく少なくて、結果、一般的に『男らしさ』『男性性』として良しとされているものをマインドセットとして持っている男性だらけになり、自然を大切にしたり、弱者を排除するのではなくて守ったり、多様性を大事にしたりといったことが、現状ではできなくなっているのでは?」
…などなど、すごく腑に落ちない。
「男性性」ってなんなんでしょう? 同じく、「女性性」ってなんなんでしょう?
洗濯をしながら相方に、疑問をぶつけてみました(うちでは洗濯は外で相方と一緒に手洗いをしています、詳しくはコチラ→☆)。
tom-tom: 女だからってバカにされたくないんだけど、私の好きなことってチクチクだったり、お絵かきだったり、料理だったり、いわゆる「女らしい」ことなんだよね。見た目も世間一般でいう「男らしく」はないし。どうしたらいいんかなー。
相方: チェーンソー振り回したら、結構男はビビるで。山の活動に来ている女の人も、女だからってなめられんようにかなり強そうにしとるで。女らしい素振りは見せたらあかん。恐いオーラ出しといたらええんよ。
tom-tom: えー、私、ちょっと外仕事しただけでも、疲れてまうのに。。。ダンベルで鍛えようかなー。
相方: ダンベルらてしたら、関節壊して終わりやで。バイク乗り回すとか。
tom-tom: バイク? 排気ガスで空気汚すのやだー。
相方: じゃあ、競馬。
tom-tom: やだ!馬が(ムチで)叩かれまくるのめっちゃかわいそう。
相方: ほんなら、酒とタバコとギャンブルと女(=女遊び)や。
tom-tom: お酒なんてちょっとで眠くなるのに。タバコも嫌いだし、ギャンブルもお金もったいない。
相方: 男らしいことってロクなもんないな。tom-tomが坊主になって野球帽とかかぶって、ぼくが髪伸ばしてみる?
tom-tom: なにそれー(*_*; それもさー、「男性性」に縛られた女と、「女性性」に囚われた男にならない? ほんとにしたいこととか、ほんとはどんな自分でありたいかを、世間一般の「男性性」「女性性」に縛られてあきらめちゃうのもなんか違うなあと思うんだけど。
相方: それもそうやなー。そんなん、みんなそのうち気づくんちゃう? スピリチュアルで男性性だ、女性性がどうの、なんて言ってる人たちも、行き切ったら(スピリチュアルの世界に行くとこまで行けば)いつか「あれ?」って気づくやろ。
まあ、これは大げさな例ですが、世間一般の人たちが使っているこの「男性性」「男らしさ」、「女性性」「女らしさ」という言葉の意味は、前者が「攻め」「能動」で、後者は「守り」「受容」といった感じなのでしょうか。もう少し言葉を足せば、男性性は、「攻撃」「征服」「支配」「勝負」といったところ、女性性は「共感」「協力」「隷属」みたいな感じ? うーん、やっぱりはっきりしない。
「男性性、女性性」とか「男らしさ、女らしさ」とかいう言葉で言うんじゃなくて、男でも協力的な人はいるし、女でも攻撃的な人はいるんだから、もっと厳密な形容詞とか、名詞とかを使って話せばいいのにと思う。
男性性は「思考」「論理」「社会的な承認」、女性性は「感情」「直感」「精神的なつながり」なんて言う人もいるけど、そんなの男性でも女性でもどっちも持っているし、「思考力」や「論理」も「共感力」や「直感」も、男性だからとか女性だからとかに関係なく、訓練すればある程度は誰でもできるようになるものだと思います。だれだって、どんな自分になるのかは、自分の意志次第でどうにでもなるものだと思います。
それに、こうした言葉は、LGBTQの人たちを排斥する言葉でもあるよなーと思う。LGBTQとは、L=Lesbian(女性の同性愛者)、G=Gay(男性の同性愛者)、B=Bisexual(男女どちらにも恋愛感情を持てる)、T=Transgender(心の性と体の性が一致しない人のこと)、Q=Queer(LGBTのどれにも当てはまらないけど、明確な異性愛でもなく、流動的であったりする)の頭文字をとったもので、性的マイノリティーのことです。マイノリティだからって含めないのってどうなの?と思いますね。
「男性性」「女性性」という言葉でいろんなことを片付けるスピリチュアル系の人たちは、この、男と女に対して社会的につけられた役割を、後付ではなくて、「宇宙の法則である」「神話の世界で描かれている」「古来からある占星術にも残っている」云々と言って、自然が与えた役割であるかのように語ります。しかし、これが自然が与えた役割だと言っているのはだれに聞いたのか定かではないし、聞いたにしてもそれが本当かどうか確かめようがないし、そもそも、神話や占星術ができたころ、社会を支配していたのは、今の時代よりも男性たちが主だったのだから、男性に都合のいいように作ったということもあるんじゃないのかな、と私は思う。もう少し新しい時代で、マクロビを体系立てた人も男性だし。
「男性性、女性性」という言葉は差別じゃない、みたいな無理矢理に説明しているのもありますね。「男性性の強い女性というのもいますし、女性性に傾いている男性という人たちもいて、必ずしも、男性だからこう、女性だからこう、というものではありません」とか。だったら、その言葉、使わなくていんじゃないの?って思う。ほかにいくらでも適切な言葉があるわけだから。「勇ましい」「たくましい」「目標をしっかり定めて進んでいく」「人の気持ちがわかる」「思いやりがある」「人の成功を一緒に喜べる」とか、もっと定義のはっきりした言葉を使えばいいんじゃないの? そうした言葉は、男性だからとか、女性だからとかにかかわらず、個人個人の特性を表すものになるはずです。
「男性性」「女性性」「男らしい」「女らしい」といったレッテルをつけるような便利な曖昧語は、せめて、自分なりの定義で語れるようになってから使わないと、おかしな方向に行っていることすら気が付かないし、おかしな方向に引っぱっていこうとしている勢力を助長したり、加担したりすることになってしまうと思います。
「女らしく」「男らしく」よりも、生まれながらのものについたレッテルに期待されるものにかかわらずに、「自分らしく」を目指せる、「自分らしさ」を自由に生きられる世の中になったらいいのになぁと思っています。
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