20160312

悲劇は自分が引き寄せたもの?魂の選択?そんなわけないよ!の話。

【旧暦如月四日 啓蟄 次候 桃始笑(ももはじめてわらう)】

スピリチュアル系の人の中にはときどき、

「悲惨な目に遭う人はそれを自分の思考によって引き寄せている」
「悲劇的な経験をする人は、それをこの世での修行や使命として選びとって生まれてきている」

などと言う人がいます。先日もそんなことを流布しているスピリチュアル系の講師に遭遇してものすごく憤りを感じました。

原典は何かはっきりしませんが、恐らく、引き寄せの法則(*)、輪廻転生やカルマなどの考え方、あとは、魂が親を選んで生まれてくるという考え方などがミックスしているんだと思います。

先日も、罪のない子どもが戦争で血を流して死んでいく様子をニュースなどで見ることがあるが、それは、その子どもたちの魂がこの世界に生まれ出る前に、命の大切さを教えるためにその残忍な死を経験すると選びとって生まれてきたわけであって、かわいそうなことではない、というスピリチュアル系の先生の話を聞いて、深く考えこんでしまいました。

こういう意見に触れるのは2回目でしたが、全身の細胞が「NO!!!」と言って怒りに震えている感じがしました。

怒りを抑えるのに疲れたり、「怒り」は悪いものとスピリチュアルでは言われているので「怒ったらあかんのになー」と悩んだり、「先生が言ってるんだからそうなのかな?」(というか、そう思わなくちゃいけないのかも)と思ったりすることもあったのですが、スピリチュアル風に言えば、この全身全霊の「NO!」がスピリットが伝えていることなんだと思います。

「そんな人間がどこにおんねん!!みんな楽しいことをしに地球に降りてきとるんじゃ。残酷な死を経験しにやってくる人なんて、おるわけないやんか!なかにはおるかもしれんけど、そんなにたくさんおるはずないで!!」というのが、私の心の声でした。その後しばらくの間、「なんでガツンと言ってやらんのや!」と怒られているような感じもしました。(すまん、あのときの私には勇気とトンチとユーモアが足りていなかったのです…。)

「スピリチュアル的に考えれば…」などという反論は、思考であって、直感ではありません。自分の頭で考えているのではなく、他人が作った知識体系に当てはめて応用しているだけ。それは借り物です。借り物の思考でしかありません。それよりだったら、自分の全身の細胞が伝えてくる「NO!」が真実に近いものだと思います。

スピリチュアル的に「考えて」みても、おかしいと思います。たとえば引き寄せの法則に当てはめてみます。引き寄せの法則では、思い描いたことが現実になり、自分の波動が高いほど、現実化が早くなると言われています。戦争で死んでしまった子どもが、自分の思考でその現実を引き寄せたという考え方は、他者の思考と波動を無視した論理です。

戦争という社会全体が関係する出来事は、今日は何を食べるかなど、自分個人でどうにかなる出来事とは違い、社会を構成する多くの人々の思考と波動によって引き寄せられるものです。自分と他者との意識のぶつかりあいと言えます。

子どもは自分では平和を願っていたとしても、その子ども以外の多くが戦争を思い描いていたとしたら、後者の思い描いた戦争が現実化してしまう可能性が高いでしょう。戦乱という現実の中にあって、平和を現実として思い描くことができる人など、ほとんどいません。よほど引き寄せの法則を信じていれば、必死で思い描くかもしれませんが、多くの人はこれを知りません。そうなれば、多くの人々の思考が、戦争を引き寄せるほうに向かいます。その場合、命を落とした子どもは、自分で引き寄せたのではなく、多くの人々の思考が引き寄せた現実の犠牲になってしまったのであって、身をもって命の尊さを教えるために、死を選択したのではありません。

こんなふうに考えることも可能ではありますが、こうした知識体系によって導かれる説明というのは、仮説でしかないと思います。だれもまだ証明していない。その死んでしまった子どもたちの魂が「そう、私はこの戦争で残酷な死に方をすることによって、みんなに命の尊さを教えに来たんです」と言うのを直接聞いたことがあるんだったら、こういう意見を言う人の話もまだ信じる余地があります。あるいは、引き寄せの法則を教えてくれた見えない存在の「エイブラハム」(この存在が引き寄せの法則の大元です)とつながって聞いてみたというのなら。

しかし、今のところ、そんな人には会ったことがありません。みんな、本や、スピリチュアルの講座か何かで、読んだり聞いたりしたことを横流ししているか、公式に当てはめて説明を試みているだけのように思えます。スピリチュアルには、いろんな技法や知識体系がありますが、スピリチュアルな生き方とは、それらを丸暗記して応用していくことではないと思います。自分で感じることすらできないものを、盲信するのは新興宗教と大差ありません。

そうではなくて、自分がどう感じるか、直感が何を伝えているか、それに耳を傾けて、実践していくものだと思います。スピリチュアルの知識や技法はあくまでもサブであって、自分の直感・感情・思考が主だと思う(このバランスについては過去にも書きました→)。冒頭に挙げたような考え方というのは、説明がつかない出来事を、自分の直感や思考、感情で識別するのではなくて、誰かが言い始めた知識体系を使って、無理矢理に説明をつけようとしているように見えます。

こういう姿勢は、スピリチュアルの知識体系に分厚く覆われていて、自分の直感、感覚、感情から遠ざかっているだけです。精神世界に近づいたつもりが、神道で言うところの「分け御霊」(自分の中にいる神さま)、もしくは、ニューソート系で言うところの「ハイアーセルフ(高次の自己)」、もしくは、宇宙系で言うところの「ソース」といったものから、遠ざかっています。

スピリチュアルの講師をしていたり、本を書いたりする人が、こういうことを言うのは本当に悲しく感じます。それを信じこんで、悲劇に見舞われる人々はそれを魂レベルで望んでいるのだからそれでよいと、だから行動を起こさなくてもよいと、ただ自分が望む現実を思い描きさえすればよい、祈ってさえいればいい、瞑想すればすべて解決する、と思い込む人たちが増えているようにも思います。行動を起こす人の足を引っ張る人すら出てきています。

キング牧師、マハトマ・ガンジー、ダライ・ラマなど、ほんまもんのスピリチュアルリーダーやと私が思う人たちは、みんな、この世界をより良い場所にするために、行動もしています。祈るだけではなくて、意見を公に発信し、恵まれない人々を助け、個人の自由を獲得するために非暴力の運動をしています。こういうことを言っているスピリチュアルの先生たちよりも、たとえば、三宅洋平さんや山本太郎さんなど、現実社会で多くの人々のために行動を起こしている人たちのほうが、ずっと輝いているように見えて、エネルギーに溢れているように感じます。

せっかく肉体を持って生まれてきたのだから、祈るのと同時に、行動もしたらいいと思います。こういうことを言うスピリチュアルの人たちは、行動しないことを正当化する材料にスピリチュアルを使って逃げているだけのように思えます。

*「引き寄せの法則」については、解説本が山のように出ていますが、著者それぞれの解釈が入っていて、引っかかりを感じるものも多いので、まずは原典に当たられたほうがいいと思います。また、原文のほうが伝わりやすい感じがするので、英語が読める方は英語で読まれるのをおすすめします。
The Law of Attraction: The Basics of the Teachings of Abraham
日本語版は以下です。
引き寄せの法則
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