【旧暦長月廿九日 月齢 27.9 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)】
環境問題や人権問題、社会問題、平和のことについて、情報発信などをしていると、活動家だと見られることもある。
だけど、私はただの人。何者でもない。
見て見ぬふりができない。自分がこんな状況に置かれたら―。そういうものに出会ったとき、ただの人は何も言ってはいけないのだろうか。何もしてはいけないのだろうか。
自分はどうやら、団体行動は好きではないらしい。考え方をある程度合わせないといけないピア・プレッシャーには耐えられないようだ。かといって、先頭に立つような性格でもない。だから活動家は合っていないと思う。お金を必要以上に儲けることには興味がないから、起業家も向いていない。
しいて名前をつけるなら、実践者だろうか。日々粛々とできることをやっていく。だれにも認められなくても、だれかに疎んじられても、できることを楽しめる範囲でやっていく。
たとえそれがどんな小さなことでも、少しでも良い変化を生めるのなら。だれも目に止めないような、小さな小さな変化でも。それが重なって、大きな良い変化につながっていくのだと思うから。
想い描いていることが全部できているわけではない。だけど、まだ改善の余地があると思えば、それもポジティブに捉えられる。
でかいことをしたいわけじゃない。何かをしているからって、何かを知っているからって、すごいと思われたいわけじゃない。結果としてそうなるならうれしいかもしれないが、それは目標ではない。
でも、どうやら、潜在意識にはそういうプライドが残っているようだ。見下してくる人に触れると、悔しくなったりしてしまう。ただ、すごいことをしている人に対するライバル心みたいなものは起こらなくなったから、それは進歩かもしれない。それに、たとえば、私より後に始めて、私を追い越してもっといいことをしている人に対して、悪い感情は起こらないし、むしろいろいろ教えてほしい、自分を高めるのを手伝ってほしいと思うようになった。
少しずつ、実践を重ねていくなかで、ニンゲンのレベルも上げていけたらいいなと思う。
だって、私はただの人。何者でもない。
20141022
20141019
難民高校生
【旧暦長月廿六日 月齢 24.9 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)】
フェイスブックで流れてきたテレホンカードの寄付の募集。虐待や性的搾取を受けている女子高生たちが、携帯電話を奪われて、公衆電話から電話をかけてくることが多く、家に眠っているテレホンカードがあったら送ってほしいという内容だった。
フェイスブックで流れてきたテレホンカードの寄付の募集。虐待や性的搾取を受けている女子高生たちが、携帯電話を奪われて、公衆電話から電話をかけてくることが多く、家に眠っているテレホンカードがあったら送ってほしいという内容だった。
リンク先に飛んでみると、「難民高校生」の文字に目を疑った。家にも学校にもどこにも居場所がなく、他に信頼できる人もいない。そんな絶望的な状況に置かれている高校生のことをそう呼んでいるそうだ。
リンク先の団体である、女子高校生サポートセンター/一般社団法人Colaboの代表の仁藤夢乃さんの設立趣意書を以下に転載する。
水商売や売春、変なビデオや本に出てくる女性に偏見を持ったこともあったが、悲しい事情から巻き込まれてしまう人も多いことを知った。
世の男性のみなさんにも、そういうものを見たり買ったり、そういう店を利用したりすることで、こういう状況に加担するのはやめてほしいと節に願う。
=======================================================
設立趣意書
高校時代、私は渋谷で月25日を過ごす“難民高校生”でした。
家族との仲は悪く、先生も嫌いで学校にはろくに行かず家にも帰らない生活を送っていた私は当時、自分にはどこにも「居場所がない」と思っていました。そして、街には同じように「居場所がない」と集まっている友人がたくさんいました。
私は、かつての私のように家庭や学校、他のどこにも居場所がないと感じている高校生のことを“難民高校生”と呼んでいます。当時の私や友人たちは、家庭にも学校にも居場所を失くした“難民”でした。
家庭と学校の往復を生活の軸にしている高校生は、限られた人間関係性しか持っておらず、家庭や学校での関係性が何らかのきっかけで崩れるとすぐに居場所がなくなってしまいます。“難民高校生”には、誰でも、すぐになる可能性があるのです。
そうして“難民”となった彼らが、彼らを見守る大人のいない状態で生活するようになると、そこには危ない誘惑がたくさん待っています。若さや体を売りにした仕事や危険な仕事、未成年の少女たちの水商売や売春への斡旋の現場や、暴力、望まない妊娠や中絶など、目をつぶりたくなるような現実を、私はたくさん目にしてきました。
ただでさえ、家庭や学校に居場所を失くして精神的に傷ついている“難民高校生”たちは、そういう世界で生活を続けるうちに「これからどうなっていくのだろう」と不安になり、「自分は何をしているのだろう」と自信を失くし、「夢や希望を持てない社会」に絶望してしまいます。
このままの生活を続ける以外にどんな選択肢があるのかすらわからないまま、そうした生活を続けるうちに、彼らはそういう世界で生きる人たちとの人間関係しか持たなくなり、ますます“難民生活”から抜け出せなくなってしまいます。
そして、彼らがその生活から抜け出せないまま大人になり親になると、彼らを取り巻く問題は、次の世代まで連鎖する可能性があります。
“難民高校生”の存在は一時的なものではなく、「次の世代につながる問題」なのです。
問題の背景には、「関係性の貧困」があります。“難民高校生”の問題は、貧困問題なのです。
“難民高校生”や予備軍のために必要なのは、家庭や学校の「外の社会」との日常的な関わりです。居場所や社会的なつながりを持っていない高校生は、「外の社会」との関わりの機会や「外の大人」との関係性を持っていません。
居場所がない高校生を取り巻く問題は、「若者だけの問題」や単なる「個人の問題」ではなく、背景には私たち一人ひとりがつくっている「社会」があります。
一人ひとりが、“難民高校生”や予備軍の存在や彼らの抱える問題を知り、目を向けなければこの現状は変わりません。
しかし“難民高校生”や“難民高校生予備軍”の存在や、彼らを取り巻く問題の認知度は低く、 学校での学習に困難を抱えている人の「リスタートの機会」や、青少年と地域社会の関わりの場も少ないのが現状です。
そのため、私たちは“難民高校生”の問題を社会に発信し、それらの認知度を上げるとともに、“難民化”する高校生を減らすため、若者の視野を広げ、「若者が夢や希望を持てる社会」を目ざして『若者と社会をつなぐきっかけの場づくり』を行います。
20141018
Intangible--目に見えないもの・形のないもの
【旧暦長月廿五日 月齢 23.9 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)】
Intangible value(無形価値)は、サステナビリティ(持続可能であること)に強く興味を持つようになるきっかけとなった翻訳の仕事で出会った言葉。社会的責任投資(SRI)ファンドによる大手企業数社が生んでいる無形価値についての評価報告書に載っていた。
Intangible value(無形価値)は、サステナビリティ(持続可能であること)に強く興味を持つようになるきっかけとなった翻訳の仕事で出会った言葉。社会的責任投資(SRI)ファンドによる大手企業数社が生んでいる無形価値についての評価報告書に載っていた。
簡単に言うと、売上や収益などにすぐには、そして直接は表れにくい、社会や環境にどんないいことをしているかを評価した報告書だった。具体的な形として見えにくいので、目に見える売上など(tangible)に対して、目に見えないもの、形のないものという意味でintangible。わかりやすい例を挙げると、動物実験をしている化粧品会社の無形価値は低く評価されていた。
企業の取り組みについて、見えない良い影響を評価していこうという動きがあるのを知って、うれしく思ったのを覚えている。それは、巡り巡って会社の売上につながったり、将来の競争力や技術力、売上などといった長期的な価値創出になるという考え方から、企業の戦略にも関わってくると考えられるようになってきているらしい。
個人の働きについても、数量化しにくい価値、目に見えない価値を評価したらいいのになぁ、と思う。
どんなでかい会社にいたかとか、どんなでかいプロジェクトを動かしてきたかとか、そんな経験や、どんなすごい資格を持っているか、、いくつ肩書を持っているか、どれだけお金をとってきたかという業績などで、人を比べて、劣等感に押し込めたり、優越感を持たせたり、そういうのはもう、これからの時代のやり方には思えない。そんな評価は、商品タグみたいなもので、相対的な評価でしかない(これについて昔書いた記事)。
数字や商品タグみたいなものにばかり目を奪われていたら、人の本当にいいところには気づけない。気づけなければ、伸ばせないどころか、踏み潰して折ってしまうことだってある。
どんなでかい会社にいたかとか、どんなでかいプロジェクトを動かしてきたかとか、そんな経験や、どんなすごい資格を持っているか、、いくつ肩書を持っているか、どれだけお金をとってきたかという業績などで、人を比べて、劣等感に押し込めたり、優越感を持たせたり、そういうのはもう、これからの時代のやり方には思えない。そんな評価は、商品タグみたいなもので、相対的な評価でしかない(これについて昔書いた記事)。
幸いなことに、私の生んだ無形価値を評価してくれる人は、これまでにたくさんいた。売上を増やしただとか、そういうtangible value(だれにでもわかりやすく目に見える価値)は直接的には一度も出したことがない。
でも、組織の雰囲気を良くしたり、みんなが協力して動きやすいようにアイデアを出したり、必要とされている情報を提供したり、好きでやってきたことの結果を良い影響として評価して、わかりやすい形で報酬をくれた人も何人かいる。学生時代、運転免許をとらせてくれたオーナー。会社にかけあってくださり、「これ以上は無理だった、ごめんなさい」と時給を200円あげてくれた部長。気持ちがとてもうれしかった。目に見えないものも理解できる人たちに囲まれて働けたことを、今でも幸せに思っている。
でも、組織の雰囲気を良くしたり、みんなが協力して動きやすいようにアイデアを出したり、必要とされている情報を提供したり、好きでやってきたことの結果を良い影響として評価して、わかりやすい形で報酬をくれた人も何人かいる。学生時代、運転免許をとらせてくれたオーナー。会社にかけあってくださり、「これ以上は無理だった、ごめんなさい」と時給を200円あげてくれた部長。気持ちがとてもうれしかった。目に見えないものも理解できる人たちに囲まれて働けたことを、今でも幸せに思っている。
数字や商品タグみたいなものにばかり目を奪われていたら、人の本当にいいところには気づけない。気づけなければ、伸ばせないどころか、踏み潰して折ってしまうことだってある。
私がここに書いている文章を、いつも読んでるよ、元気をもらったよ、あれ、よかったね、と励ましてくれる人たちがいる。そういう人たちの励ましのおかげで、私はこうして書き続けることができるのだが、そうした励ましは、私が書かない限り、顕在化はしない。
私がここに書き続けられるのにはエネルギーがいる。その物理的な源になっているのは、お米や野菜で、お米や野菜を作ってくれた会ったこともない農家の人、私が買ったお店で働いている人たち、お店まで運んできてくれた人たち、見えないところで私のことを支えてくれている人たちがたくさんたくさんいる。そういう人たちの営みも、私が書かない限り、顕在化はしない。
顕在化はしないが、その目に見えない価値は存在し、共鳴し、増幅し、私にすごく大きな力を与えてくれている。
私の文章というこの小さな例から気がついたことは、多くの偉業も無数の人々のintangible valueに支えられて成し遂げられてきたものだということ。世間では、なにかの賞をとった人だけがもてはやされるが、そのかげにたくさんの人のintangible valueが隠れている。自分1人でとれた賞ではないと語る人もいる。
だれもが素晴らしい働きをしている。それが巡り巡って、どんな大きな良い結果につながっているかわからない。目に見える結果の大小で、認証ラベルみたいなもんだけで、おれはすげえ、おれはまだまだだめだ、あいつはすげえ、あいつはしょぼい、なんて言うのは、もうやめにしないか。
私がここに書き続けられるのにはエネルギーがいる。その物理的な源になっているのは、お米や野菜で、お米や野菜を作ってくれた会ったこともない農家の人、私が買ったお店で働いている人たち、お店まで運んできてくれた人たち、見えないところで私のことを支えてくれている人たちがたくさんたくさんいる。そういう人たちの営みも、私が書かない限り、顕在化はしない。
顕在化はしないが、その目に見えない価値は存在し、共鳴し、増幅し、私にすごく大きな力を与えてくれている。
私の文章というこの小さな例から気がついたことは、多くの偉業も無数の人々のintangible valueに支えられて成し遂げられてきたものだということ。世間では、なにかの賞をとった人だけがもてはやされるが、そのかげにたくさんの人のintangible valueが隠れている。自分1人でとれた賞ではないと語る人もいる。
だれもが素晴らしい働きをしている。それが巡り巡って、どんな大きな良い結果につながっているかわからない。目に見える結果の大小で、認証ラベルみたいなもんだけで、おれはすげえ、おれはまだまだだめだ、あいつはすげえ、あいつはしょぼい、なんて言うのは、もうやめにしないか。
20140927
補完しあう
【旧暦長月四日 月齢 2.9 秋分 雷乃収声(かみなりこえをおさむ)】
有機栽培の農家さんでも合成洗剤を使っていたり。食品添加物や農薬に気をつけている料理研究家さんがIHやテフロン加工のフライパンを使っていたり。環境や平和に関する仕事をしている人が戦争と環境破壊に加担している企業の商品やサービスを利用していたり。
それぞれが取り組んでいる分野とつながっている問題で、そっちも少し気にするようにしたら相乗効果があるのに、なかなかつながらないんだなぁということがよくあることに気がつきました。
直接自分に返ってくるのがわかりやすい場合でも、そういうことがあるのです。例えば、有機栽培の農家さんで、畑では化学物質を使わないようにして、土づくりも熱心にしているのに、地下浸透式の排水で(下水道に流すのではなく、敷地内に流して浸透させる)、合成洗剤を使っていることがあります。合成洗剤を流すと、土や生態系に悪影響があるのに…、とおせっかいだとは知りながら、キッチンや洗濯機のそばには激しく合成洗剤が並んでいるのを見て、心配になったことがあります。
全く意識の違う人たちと交流するのも大切という意見をたびたび耳にするのですが、まずは似たフィールドでやっている人たち同士がつながって、情報交換をして、知らない部分を補完しあうことも意味があるなぁと思いました。
私自身も、農薬や化学肥料、食品添加物についてはいろいろ知って、気をつけるようになっていた頃でも、ワクチンやクスリの危ない話は全然知らなかったし、お魚の養殖方法が悲惨だったり、ウナギやマグロのように絶滅が危惧されているなど持続不可能なことも知らなかったし、環境を守りたいと思いながら戦争と環境問題がつながっていることもわからなかったし、知らないことがいっぱいで、自分が望む世界のあり方とは真逆の世界を下支えするような行動も、知らずにたくさんしていました。
マルシェに行くようになったり、仕事仲間とプライベートでも話をよくするようになったり、フェアトレードショップや自然食品店、身体に優しい食事を提供してくれる飲食店、オーガニックコットンのお店などの人たちと仲良くなって、いろいろお話するようになったおかげで、自然とたくさん情報に触れられるようになりました。納得行かない話は図書館やインターネットで調べたりして裏をとったり。そうしてだんだんと自分なりに理解を深めて、行動を改めて来られました。
自分の場合、知らないことは恥でも何でもなくて、「えー知らなかったー!教えてー」という感じになるのですが、知らなかったことを恥に思う人もいるようです。自分が知っていて、あまり知られていない話を誰かが知っていたら、自分の場合、稀少な仲間を見つけて、うれしいと感じるのですが、自分だけ知っていることを誇りにしておきたい人もいるようです。それってどうなんかなぁー?とは思うのですが、気持ちよく情報共有ができる技を身につけたいところです。私はそういうのを知らずにしゃべってしまい、気づかないうちにプライドを傷つけているらしいので…。
有機栽培の農家さんでも合成洗剤を使っていたり。食品添加物や農薬に気をつけている料理研究家さんがIHやテフロン加工のフライパンを使っていたり。環境や平和に関する仕事をしている人が戦争と環境破壊に加担している企業の商品やサービスを利用していたり。
それぞれが取り組んでいる分野とつながっている問題で、そっちも少し気にするようにしたら相乗効果があるのに、なかなかつながらないんだなぁということがよくあることに気がつきました。
直接自分に返ってくるのがわかりやすい場合でも、そういうことがあるのです。例えば、有機栽培の農家さんで、畑では化学物質を使わないようにして、土づくりも熱心にしているのに、地下浸透式の排水で(下水道に流すのではなく、敷地内に流して浸透させる)、合成洗剤を使っていることがあります。合成洗剤を流すと、土や生態系に悪影響があるのに…、とおせっかいだとは知りながら、キッチンや洗濯機のそばには激しく合成洗剤が並んでいるのを見て、心配になったことがあります。
全く意識の違う人たちと交流するのも大切という意見をたびたび耳にするのですが、まずは似たフィールドでやっている人たち同士がつながって、情報交換をして、知らない部分を補完しあうことも意味があるなぁと思いました。
私自身も、農薬や化学肥料、食品添加物についてはいろいろ知って、気をつけるようになっていた頃でも、ワクチンやクスリの危ない話は全然知らなかったし、お魚の養殖方法が悲惨だったり、ウナギやマグロのように絶滅が危惧されているなど持続不可能なことも知らなかったし、環境を守りたいと思いながら戦争と環境問題がつながっていることもわからなかったし、知らないことがいっぱいで、自分が望む世界のあり方とは真逆の世界を下支えするような行動も、知らずにたくさんしていました。
マルシェに行くようになったり、仕事仲間とプライベートでも話をよくするようになったり、フェアトレードショップや自然食品店、身体に優しい食事を提供してくれる飲食店、オーガニックコットンのお店などの人たちと仲良くなって、いろいろお話するようになったおかげで、自然とたくさん情報に触れられるようになりました。納得行かない話は図書館やインターネットで調べたりして裏をとったり。そうしてだんだんと自分なりに理解を深めて、行動を改めて来られました。
自分の場合、知らないことは恥でも何でもなくて、「えー知らなかったー!教えてー」という感じになるのですが、知らなかったことを恥に思う人もいるようです。自分が知っていて、あまり知られていない話を誰かが知っていたら、自分の場合、稀少な仲間を見つけて、うれしいと感じるのですが、自分だけ知っていることを誇りにしておきたい人もいるようです。それってどうなんかなぁー?とは思うのですが、気持ちよく情報共有ができる技を身につけたいところです。私はそういうのを知らずにしゃべってしまい、気づかないうちにプライドを傷つけているらしいので…。
20140921
見てくれている人
【旧暦葉月廿八日 月齢 27.5 白露 玄鳥去(つばめさる)】
昔、職場でお世話になっていた人(仮にAさんとしたいと思います)と、「見てくれている人っていますよね」という話になったことがありました。
偶然でしたが、その「見てくれている人」というのは、二人にとって同じ人でした。彼は隣の部署で英語の学習書の編集をしていて、私たちがそんな話をしていた頃には別な会社に転職していました。
Aさんはデザインが上手で、Aさんの作る本の販促物のデザインはとても素敵です。販促物のデザインで遅くなった時に、その「見てくれている人」とたまたま帰りが一緒になって、Aさんが彼に、「英語の学習書の部署なのに、英語ができないのが申し訳なくて」と話したら、彼は「Aさんはデザインができるでしょう?僕にはできない。それと一緒じゃないかな。僕ができないことをAさんがやってくれているんだから、申し訳なくなんか思わなくても」と言ったのだそうです(Aさんは私から見たらかなり英語ができます。厳しい英語の学校に通って特訓していた努力家さんで自分に厳しいのです)。部署が違っていて、何をしているかわからなさそうなものでしたが、Aさんは見てくれている人っているんだなぁと思ったと教えてくれました。
それを聞いて、私もAさんに、彼が「見てくれていた」話をしました。私が大学で英語を専攻していたのを知って、彼は私に「読んでみる?」とゲラ刷りの原稿を渡してくれたのでした。一通り気づいたことを書いて返しました。その時は何もなかったのですが、だいぶ後になって、編集部でインターンをさせてもらえることになったときに、彼が「(ゲラには)変な指摘もあったけど、あの年齢でたいしたもんだ。育てないともったいない。出版業界が厳しいからと、即戦力しか採らない時代だけど、新しい人を育てないと先はどうなるだろう。僕たちはもう育てる側に立つ年齢になっているのに」というようなことを話していたと、他の人から聞きました。それまで、インターンの前例がなかったことを考えると、私がインターンをさせてもらえることになったことと、彼のその言葉が、無関係だとは思えませんでした。そのインターンを通じて私は編集の経験を積ませてもらうことができて、今の仕事につながっています。
この話を思い出したのは、最近、別の「見てくれている人」の存在を知って、うれしくなったからでした。私が過去にした仕事を密かに見てくれていた人から、新しい仕事をいただきました。とても楽しい仕事で、やりがいを感じています。
その過去の仕事というのは、誰にも悪気はなくて、何かの行き違いだったのだと思うのですが、実は、費用のことで少し不公平なことがあったことを偶然知ることになってしまい、やる気をなくしそうになったものでした。引き受けたからにはいい仕事をしよう、最終的に使う人が喜んでくれるものにしようと、気を取り直して、手を抜かずにきちんと全力でやった仕事でした。そうしてできあがったものを見てくれていた人から楽しい仕事がやってくるとは。どんなことがあっても、一つ一つ、丁寧に、いい仕事をすることの大切さを学びました。
最初のエピソードで書いた「見てくれている人」も、転職が決まったのは「自分の仕事を見てくれている人がいて、来ないかと言ってもらえた」と言っていました。私も誰かのより良い歩みをそっと後押しするような、「見てくれている人」になれるといいなぁ、そんなことを思いました。
昔、職場でお世話になっていた人(仮にAさんとしたいと思います)と、「見てくれている人っていますよね」という話になったことがありました。
偶然でしたが、その「見てくれている人」というのは、二人にとって同じ人でした。彼は隣の部署で英語の学習書の編集をしていて、私たちがそんな話をしていた頃には別な会社に転職していました。
Aさんはデザインが上手で、Aさんの作る本の販促物のデザインはとても素敵です。販促物のデザインで遅くなった時に、その「見てくれている人」とたまたま帰りが一緒になって、Aさんが彼に、「英語の学習書の部署なのに、英語ができないのが申し訳なくて」と話したら、彼は「Aさんはデザインができるでしょう?僕にはできない。それと一緒じゃないかな。僕ができないことをAさんがやってくれているんだから、申し訳なくなんか思わなくても」と言ったのだそうです(Aさんは私から見たらかなり英語ができます。厳しい英語の学校に通って特訓していた努力家さんで自分に厳しいのです)。部署が違っていて、何をしているかわからなさそうなものでしたが、Aさんは見てくれている人っているんだなぁと思ったと教えてくれました。
それを聞いて、私もAさんに、彼が「見てくれていた」話をしました。私が大学で英語を専攻していたのを知って、彼は私に「読んでみる?」とゲラ刷りの原稿を渡してくれたのでした。一通り気づいたことを書いて返しました。その時は何もなかったのですが、だいぶ後になって、編集部でインターンをさせてもらえることになったときに、彼が「(ゲラには)変な指摘もあったけど、あの年齢でたいしたもんだ。育てないともったいない。出版業界が厳しいからと、即戦力しか採らない時代だけど、新しい人を育てないと先はどうなるだろう。僕たちはもう育てる側に立つ年齢になっているのに」というようなことを話していたと、他の人から聞きました。それまで、インターンの前例がなかったことを考えると、私がインターンをさせてもらえることになったことと、彼のその言葉が、無関係だとは思えませんでした。そのインターンを通じて私は編集の経験を積ませてもらうことができて、今の仕事につながっています。
この話を思い出したのは、最近、別の「見てくれている人」の存在を知って、うれしくなったからでした。私が過去にした仕事を密かに見てくれていた人から、新しい仕事をいただきました。とても楽しい仕事で、やりがいを感じています。
その過去の仕事というのは、誰にも悪気はなくて、何かの行き違いだったのだと思うのですが、実は、費用のことで少し不公平なことがあったことを偶然知ることになってしまい、やる気をなくしそうになったものでした。引き受けたからにはいい仕事をしよう、最終的に使う人が喜んでくれるものにしようと、気を取り直して、手を抜かずにきちんと全力でやった仕事でした。そうしてできあがったものを見てくれていた人から楽しい仕事がやってくるとは。どんなことがあっても、一つ一つ、丁寧に、いい仕事をすることの大切さを学びました。
最初のエピソードで書いた「見てくれている人」も、転職が決まったのは「自分の仕事を見てくれている人がいて、来ないかと言ってもらえた」と言っていました。私も誰かのより良い歩みをそっと後押しするような、「見てくれている人」になれるといいなぁ、そんなことを思いました。
20140918
人工甘味料のリスク
【旧暦葉月廿五日 月齢 23.5 白露 玄鳥去(つばめさる)】
人工甘味料で代謝異常がおこり、肥満リスクが高まる可能性があるというニュースを新聞で見かけました。そのニュースで取り上げられていた研究論文の要約はコチラです。
20140914
殺虫剤入りのお茶を飲んでいませんか?
【旧暦葉月廿一日 月齢 19.5 白露 鶺鴒鳴(せきれいなく)】
我が家では無農薬・無化学肥料・フェアトレードのお茶を飲んでいるので心配ないのですが、家族や友人、知人がそうではないので、グリーンピースの報告を読んで、とても心配になりました。事実を知って、それでも飲むならそれは本人の自由なのですが、知っていたなら飲まなかったということもあるので、以下に紹介します。
この報告は、インド国内で販売されている、パッケージされた茶葉を対象に残留農薬を調査した結果をまとめたもの。インドで生産されているお茶の11%は世界に輸出されていて、輸出されたお茶の多くは、リプトン、トワイニング、テトリーなどのメジャーブランドとして流通しています。
ちなみに、要約に出てきているネオニコチノイド系農薬は、虫だけでなく、人間への影響も懸念されていて、中枢神経系、自律神経系、骨格系に関連する多様な症状を引き起こす。脈の異常、指の震え、発熱、腹痛、頭痛、胸痛、短期の記憶障害も起きるという研究結果もあります(参照:中村隆市さんのブログ記事「農薬ネオニコチノイドに警鐘 「予防原則」で命守れ」※新聞記事などの引用を交えての考察です)。
国産は安心というイメージがありますが、ネオニコチノイド系農薬の使用基準値は、日本は実はとても高くて、最も低いヨーロッパの数百~千倍(物によって異なる)です。しかも、ヨーロッパでは2015年までに使用を禁止する決定をEUが出しています。お茶の話題なので、お茶について言えば、日本のお茶は使用基準値が50ppmで、EUの0.1ppmに対して500倍もの差があります。美味しんぼの雁屋さんもブログで書かれていますが、私もミツバチの二の舞いにはなりたくないし、周りの人にもなってほしくありません。
*ネオニコについてもっと知りたい方はコチラ
無農薬・無化学肥料・フェアトレードは贅沢品という考え方をしている人が多いようなのですが、数十円~数百円くらいしか値段は変わりませんし、無農薬・無化学肥料・フェアトレードのお茶はおいしいのでミルクや砂糖がいりません。健康を害したらもっとお金がかかるので、トータルで考えたら、どっちが経済的にも健康的にもプラスになるでしょうか?
それに、農薬を使用せざるを得ない状況を作られている農家の人たちは、買って食べて取り込む消費者よりももろに農薬の影響を受けています。安いからと慣行栽培のものを買い続けていれば、状況を変えることはできません。農薬などの資材費がかかるのに、安くしか売れないので、農家の人は金銭的にも苦しくなり、儲かるのは農薬を売りまくる農協や企業だけです。危ない農薬を浴びずにおいしい農産物を作れる体制をみんなでつくっていくほうが賢明だと私は思います。
我が家では無農薬・無化学肥料・フェアトレードのお茶を飲んでいるので心配ないのですが、家族や友人、知人がそうではないので、グリーンピースの報告を読んで、とても心配になりました。事実を知って、それでも飲むならそれは本人の自由なのですが、知っていたなら飲まなかったということもあるので、以下に紹介します。
お茶に農薬? インドからの報告
http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/blog/staff/blog/50478/この報告は、インド国内で販売されている、パッケージされた茶葉を対象に残留農薬を調査した結果をまとめたもの。インドで生産されているお茶の11%は世界に輸出されていて、輸出されたお茶の多くは、リプトン、トワイニング、テトリーなどのメジャーブランドとして流通しています。
調査結果の要旨を以下に引用します。
【調査結果の要旨】リプトンを販売しているユニリーバは、今回の報告を受けて、2020年までに原材料の農産物を栽培する際に使用する農薬を減らすなど、持続可能な農法への転換をするとしています。また、インドのお茶については、農薬に頼らない農法について科学研究を開始すると発表しています(参照:Unilever Commissions Research in India on the Feasibility of Non-Pesticide Methods of Plant Protection for Tea Crops)。
・46サンプル中、合計34種類の農薬が検出された。サンプル全体の96%で検出された。
・検出された農薬の中には、最も危険な農薬であるモノクロトホスと、ミツバチの大量死の一因にもなっているネオニコチノイド系農薬イミダクロブリドが検出された。
・農薬が検出されたサンプルの半数以上は、10種類の“カクテル(混合物)”の農薬が含まれており、その内の1つのサンプルからは20種類の殺虫剤が混合していた。
・最低でも一つの農薬が検出されたサンプルは、EUが設定した残留基準値を超えていた。
・検出された農薬34種類の内、23種類の農薬はインドで茶葉栽培への使用が許可されていない。さらなる調査によると、インドで1989年以降、使用が禁止されている農薬であるにも関わらず、DDTが頻繁に使用されていた。
ちなみに、要約に出てきているネオニコチノイド系農薬は、虫だけでなく、人間への影響も懸念されていて、中枢神経系、自律神経系、骨格系に関連する多様な症状を引き起こす。脈の異常、指の震え、発熱、腹痛、頭痛、胸痛、短期の記憶障害も起きるという研究結果もあります(参照:中村隆市さんのブログ記事「農薬ネオニコチノイドに警鐘 「予防原則」で命守れ」※新聞記事などの引用を交えての考察です)。
国産は安心というイメージがありますが、ネオニコチノイド系農薬の使用基準値は、日本は実はとても高くて、最も低いヨーロッパの数百~千倍(物によって異なる)です。しかも、ヨーロッパでは2015年までに使用を禁止する決定をEUが出しています。お茶の話題なので、お茶について言えば、日本のお茶は使用基準値が50ppmで、EUの0.1ppmに対して500倍もの差があります。美味しんぼの雁屋さんもブログで書かれていますが、私もミツバチの二の舞いにはなりたくないし、周りの人にもなってほしくありません。
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無農薬・無化学肥料・フェアトレードは贅沢品という考え方をしている人が多いようなのですが、数十円~数百円くらいしか値段は変わりませんし、無農薬・無化学肥料・フェアトレードのお茶はおいしいのでミルクや砂糖がいりません。健康を害したらもっとお金がかかるので、トータルで考えたら、どっちが経済的にも健康的にもプラスになるでしょうか?
それに、農薬を使用せざるを得ない状況を作られている農家の人たちは、買って食べて取り込む消費者よりももろに農薬の影響を受けています。安いからと慣行栽培のものを買い続けていれば、状況を変えることはできません。農薬などの資材費がかかるのに、安くしか売れないので、農家の人は金銭的にも苦しくなり、儲かるのは農薬を売りまくる農協や企業だけです。危ない農薬を浴びずにおいしい農産物を作れる体制をみんなでつくっていくほうが賢明だと私は思います。
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