東京に住んでいたころ、足しげく通っていたカレー屋さんがある。薬膳カレーがおいしくて、何度も食べに行っているうちにお店の方と顔見知りになり、さまざまな話をするようになった。
お店の方は藝術にも、環境問題にも、社会問題にも、全方向に造詣が深く、話題は多岐にわたった。アイヌ刺繍や素晴らしい詩や映画など、美しいものとの出会いもたくさんいただいた。フェアトレードの東ティモール産のコーヒーの味もここで初めて知った。東ティモールという国で起こったことも初めて知った(その後映画『カンタティモール』を見ることにもつながった)。
あるとき、同級生が自衛隊でという話をしたら、カレー屋さんは心が痛んでいるような複雑な表情をされた。私はそのころ、社会のおかしなことに気づき始めたばかりで、社会のこと全般についてあまりよく分かっておらず、自衛隊とレスキュー隊は同じようなものだと思っていた。内部でひどいいじめが頻発していることや海外派兵の話など、さまざまな情報を教えてくれた。自衛隊とはなにかと考えさせられた。本来、選挙権を持つ年齢になった人間であれば、考えておかなければならなかったことだと思った。
さまざまな考えるきっかけをもらえたことで、図書館や書店にいったら気になる本が増えた。『社会の真実の見つけ方』(堤未果・著)、『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』・『日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか』(矢部宏治・著)なども読み、知らないでいたらこわいことがたくさんあるということを知った。おかげで、まともな情報を知った大人に少しは近づけたと思う。少なくとも、自分には知らないことがまだまだあるということを知ることができた。
その後、その同級生が高校生だったときに、このカレー屋さんのような大人が一人でもそばにいてくれたなら、と何度も思った。
その同級生とは卒業後に何度か会った。何か自衛隊に思い入れがあって志願したのかと思っていたが、塾だったか、予備校だったかの講師に、「防衛大はいいぞー。カネもらいながら資格取らせてもらえるんだからなあ!」と言われ、「それはいい」と思って進学したのだそうだ。下にきょうだいもいるので、自分はお金のかからない方法で進学しようと思ったという。堤未果さんの本で知った「経済的徴兵制」とはこのことかと思った。いじめにまでは遭わなかったそうだが(私にはいじめに思えるエピソードもあったが)、あまりにもしごきがきつく、入学してすぐやめておけばよかったと後悔したと話していた。
別な機会に、自由な生き方の実践を深めたり、平和活動をしたりしている元自衛官の方から、入ったらやめにくいという話も聞いた。同級生は自分の望みで今も自衛隊を続けているのか、それともやめられないのか、聞くことはできなかったが、あの塾講師の言葉がなかったら、入っていなかったことだろうと思う。
貧弱な知識と浅はかな考えで1人の若者を自由の道から逆の方向へ送り込んだ塾講師。そういう大人にはなりたくないと思う。カレー屋さんのような、正確な情報を得て、必要があれば判断材料の1つとして伝えられる大人でありたい。また、本物を知っていて、本当においしいもの、本当に美しいもの、本当によいものに触れる機会やきっかけを生むことのできる大人でありたい。
今、自分よりも若い人と会って話をするときは少し緊張する。特に10代以下の人と接するときは緊張する。間違ったことを言っていないか、いいものに触れられる機会を台無しにしていないか、自分の言動に用心深くなる。あのカレー屋さんのような大人になれているかと言われれば、不安が残る。まだなれていないような気がする。