仕事は人を変える。良くも、悪くも。
だったら、良く変われる仕事がしたい。
一緒に働いている人からも影響を受ける。
やっている仕事の内容自体の影響もある。
会社勤めの場合は特に、一日の大半が仕事になるから、影響は大きいだろう。
職場が変わって人が変わることは、案外、よくあることなのかもしれない。
人が変わるとまでは行かなくても、微妙な変化を感じることがある。
なんだかな、と思うことがあっても、
仕事で歪められているのかもしれない。
それだけで人を決めつけるのは良くないな、と反省した。
20131104
うちにもついにソーラーパネルがやってきました
【旧暦10月2日 月齢 0.6 霜降 楓蔦黄(もみじつたきばむ)】
ついに我が家でもソーラーパネルで電気が作れるようになりました。めちゃくちゃうれしいです。今日は曇ですが、しっかり発電しています。朝起きたら、私が起きる前にもう発電を始めていて、なんだかいじらしかったです。
近所の公園で「はらっぱ祭り」というお祭りがあり、トランジションタウン小金井の方が、持ち運べるソーラーシステムのワークショップを、1万円ちょっとでやってくださるということで、相方と一緒に参加させてもらいました。バッテリーが満タンになったら、電球は9時間半、携帯電話は3回充電できるそうです。電気がついたときはもう感動でした。
自然のことに敏感になるきっかけにもなっていいですね。電気の勉強も、学校ではつまらなかったけど、もっと知りたいと思うようになりました。もっと勉強して、完全自給できるようになりたいです。送電ロスがあるので、やっぱり、使うところで電気を作るのが一番いいと思います。
うちでは電子レンジも炊飯器も掃除機も使わないし、洗濯もちゃちゃっと手洗いが増えてきたので、我が家での電気の完全自給は難しいことではなさそうです。冷蔵庫は非電化冷蔵庫にして、脱水機も自転車にサラダスピナーみたいなの(できれば竹などの天然素材)のでっかいのを付けたような、非電化脱水機ができないかなぁと思案しています。
ついに我が家でもソーラーパネルで電気が作れるようになりました。めちゃくちゃうれしいです。今日は曇ですが、しっかり発電しています。朝起きたら、私が起きる前にもう発電を始めていて、なんだかいじらしかったです。
自然のことに敏感になるきっかけにもなっていいですね。電気の勉強も、学校ではつまらなかったけど、もっと知りたいと思うようになりました。もっと勉強して、完全自給できるようになりたいです。送電ロスがあるので、やっぱり、使うところで電気を作るのが一番いいと思います。
うちでは電子レンジも炊飯器も掃除機も使わないし、洗濯もちゃちゃっと手洗いが増えてきたので、我が家での電気の完全自給は難しいことではなさそうです。冷蔵庫は非電化冷蔵庫にして、脱水機も自転車にサラダスピナーみたいなの(できれば竹などの天然素材)のでっかいのを付けたような、非電化脱水機ができないかなぁと思案しています。
20131024
初めから完璧じゃなくていい
初めから完璧を目指そうとしたら、結局何も始められなくて、何も変わらない。いい加減で始めても、中途半端でも、いずれ変わっていくならやらないよりはいいんじゃないか、と最近思う。以前よりも少し柔軟に考えられるようになった。
20131023
ブログをメインにします
Facebookにも投稿していましたが、いろいろと考えて、実験的にブログメインで行ってみようと思います。
Facebookのいいところもいっぱいあるんですが、ちょっとしんどくなってきた部分もあります。それに、私の投稿は結構、ヘビーな話が多いのでは、と思います。みんな楽しく過ごしているときに、こんなのが流れてきたら楽しさ半減になっちゃうかな、などと考えて躊躇することもあって、ブログだったら、あいつどうしてるかなーと思って見てもらえるくらいだと思うので、ちょうどよいかと思いました。でも、緊急性の高いニュースはシェアしようと思っています。
ブログのほうがいいかな、と思ったのは、もう一つ理由があって、もともと人の目を気にしやすい性格で、もう少し自由に人の目を気にしないで生きられるようになりたいと思ってきました。FBはいいね機能とか、コメント機能があるので、どう思われるのかが、どうしても気になってしまいます。もちろん、気軽に交流できていい部分もあり、私も恩恵を受けています。ですが、人の目を気にしない修行(?)にはあんまり良くないかなと思いました。言いたいことはFBよりもブログのほうが言いやすいかも、と感じています。
FBの閲覧の仕方も実験的にちょっと変えようと思います。FBのトップページが、どうも苦手みたいです。みんな別々の場所にいて、みんな別々の時間を楽しんでいるのだから、気分もテンションも雰囲気も違って当然なのだけど、その人たちが目の前にお互いが見えない状況で一挙に並ぶという、現実ではあんまりない状況がFBのトップページではいつもなのだけど、どうしても慣れなくて、頭がごった煮状態になってしまいます。ときどき、あの人は最近元気かな?どうしてるかなーと思ったときなどにタイムラインにおじゃましようと思います。そのほうが現実世界に近いかな、なんて思ったりもしています。
実験的にやってみて、自分に合う付き合い方を模索しようとしているところなので、コロコロ変わるかもしれませんが、とりあえず、ブログメインで行ってみようと思います。
お肉を食べなくなったのは
お肉を食べなくなって2年くらい経つでしょうか。なんで食べなくなったのか、自分でも記憶が薄れてきたので、書いておこうと思います。
人が何かを決めるとき、理由は一つではないと思います。私が肉を食べなくなったのも、いろいろと知って考えたのと、自分の身体で試してみた結果です。牛乳や乳製品、卵は、動物がひどいめにあわされていないものであれば少量をありがたくいただいています。
人が何かを決めるとき、理由は一つではないと思います。私が肉を食べなくなったのも、いろいろと知って考えたのと、自分の身体で試してみた結果です。牛乳や乳製品、卵は、動物がひどいめにあわされていないものであれば少量をありがたくいただいています。
20131018
技術の進化と人間の退化
物が進化するにつれて、人間が退化していないだろうか。
体力も知力も感性も。
エスカレーターという便利なものができて、重い物を持っているときはありがたいし、足の弱い人でも移動がしやすくなった。でも、足の弱くない人間も、そのほとんどが階段ではなくてエスカレーターを使う。電車でも街中でもまともに立つことはおろか、まともに座ることもできない人間がたくさんいる。身体が重くなるくらい贅肉がついている人間もいる。
その筋肉の足りない身体をどうにかしようとスポーツジムに通う人間もいる。ジムに高いお金を払い、電気を使って逆向きの歩く歩道を走ったり歩いたり。そしてまた駅や店ではエスカレーターに乗る。この不合理さに気づかないくらい知力も感性も衰えているのか。体力だけでなく。
体力も知力も感性も。
エスカレーターという便利なものができて、重い物を持っているときはありがたいし、足の弱い人でも移動がしやすくなった。でも、足の弱くない人間も、そのほとんどが階段ではなくてエスカレーターを使う。電車でも街中でもまともに立つことはおろか、まともに座ることもできない人間がたくさんいる。身体が重くなるくらい贅肉がついている人間もいる。
その筋肉の足りない身体をどうにかしようとスポーツジムに通う人間もいる。ジムに高いお金を払い、電気を使って逆向きの歩く歩道を走ったり歩いたり。そしてまた駅や店ではエスカレーターに乗る。この不合理さに気づかないくらい知力も感性も衰えているのか。体力だけでなく。
20130810
まずは現実を理解する
今まで知らなさ過ぎただけなんだけど、今も知らないことはたくさんあるんだけど、国内外で起こっているたいへんなこと、こんなにたくさんあるんだ、こんなにも根深いんだ、こんなにも大変な思いをしいたのに世間で見過ごされていた人がこんなにもいるのか、と知れば知るほど心が重くなる。
山本太郎さんみたいに円形脱毛症ができるほどのつらさではないけれど、参議院選後に急に白髪が増えた。行動につなげるために現実を知ろうとし、知りたいと思ってやっていることなんだけど、自分で思っていたほど心は強くなかったのかもしれない。一時的なショックで、だんだんと強くなっていけるような気がしている。
最近読みはじめた岩波書店の「世界」(7月号)で、ヘイトクライムのルポを読んで子どもらがかわいそうで同じ人間がこんなひどいことをするものかと悲しくて泣き、改憲キーマンらの発言の引用を読んであまりの考えの足りなさに頭がクラクラした(例えば、東大法学部で芦部信喜先生に習ったけど立憲主義なんて聞いたことがないとか[←寝てたんか??一人の先生が言わなかったとしても憲法変えようとしてるんだったら立憲主義くらい勉強しといてくれよとツッコミたくなる]。ちなみに芦部先生は著書『憲法』で立憲主義について書かれている)。
知れば知るほど「じゃあどうしたら?」という疑問が湧いてくるし、解決策が見えない。仮想敵が頭に浮かんできて、お前みたいな地位も名誉も金もない奴が騒いだところで何になるんだ、そんなこと一般人が知ってどうすんの?、勘違いもいい加減にしろよな、みたいなふうに思われているんじゃないかとか、邪推をして苦しくなることもある。勝手に敵作るのも良くないし、そういうときは考えるのをちょっと休みにしよう、と最近は思っている。
それでも前を向こうと思えるのは、顔をあげてみれば仲間はたくさんいるし、周りを見渡せば良い兆しもあるし、日本よりも少し進んだ社会では学べる事例もある。「世界」は辛い現実ばかりが載っているわけではないので、読み続けられる気がしている。「スペイン―行動する市民が築く民主主義」にこうあった。
「現実をきちんと理解できなければ、”怒る”こともできない。怒らなければ”行動”も生まれないでしょ」
マドリードの22才の学生の言葉。一市民がプロにも負けない知識と意識を持って行動している。その姿にも勇気をもらった。
山本太郎さんみたいに円形脱毛症ができるほどのつらさではないけれど、参議院選後に急に白髪が増えた。行動につなげるために現実を知ろうとし、知りたいと思ってやっていることなんだけど、自分で思っていたほど心は強くなかったのかもしれない。一時的なショックで、だんだんと強くなっていけるような気がしている。
最近読みはじめた岩波書店の「世界」(7月号)で、ヘイトクライムのルポを読んで子どもらがかわいそうで同じ人間がこんなひどいことをするものかと悲しくて泣き、改憲キーマンらの発言の引用を読んであまりの考えの足りなさに頭がクラクラした(例えば、東大法学部で芦部信喜先生に習ったけど立憲主義なんて聞いたことがないとか[←寝てたんか??一人の先生が言わなかったとしても憲法変えようとしてるんだったら立憲主義くらい勉強しといてくれよとツッコミたくなる]。ちなみに芦部先生は著書『憲法』で立憲主義について書かれている)。
知れば知るほど「じゃあどうしたら?」という疑問が湧いてくるし、解決策が見えない。仮想敵が頭に浮かんできて、お前みたいな地位も名誉も金もない奴が騒いだところで何になるんだ、そんなこと一般人が知ってどうすんの?、勘違いもいい加減にしろよな、みたいなふうに思われているんじゃないかとか、邪推をして苦しくなることもある。勝手に敵作るのも良くないし、そういうときは考えるのをちょっと休みにしよう、と最近は思っている。
それでも前を向こうと思えるのは、顔をあげてみれば仲間はたくさんいるし、周りを見渡せば良い兆しもあるし、日本よりも少し進んだ社会では学べる事例もある。「世界」は辛い現実ばかりが載っているわけではないので、読み続けられる気がしている。「スペイン―行動する市民が築く民主主義」にこうあった。
「現実をきちんと理解できなければ、”怒る”こともできない。怒らなければ”行動”も生まれないでしょ」
マドリードの22才の学生の言葉。一市民がプロにも負けない知識と意識を持って行動している。その姿にも勇気をもらった。
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