生活保護をテーマにした漫画があることを、岩波書店の月刊誌『世界』の2018年2月号で知った。この漫画『健康で文化的な最低限度の生活』の作者・柏木ハルコさんと、福祉的な支援が必要な案件を専門とする弁護士の安井飛鳥さんとの対談『“理解されない生活保護”が生命をつなぐ』はとても興味深い内容だった。
公民で憲法のことを学ぶときに、全ての国民は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(25条)というのを習うけれど、具体的にその権利がどう保証されるのかはわからないまま、多くの人は成人してしまう。日本では生活保護と呼ばれるものが、この「健康で文化的な最低限度の生活」を保証するための制度である。
だが、テレビ番組やニュースなど、メディアでは、生活保護バッシングが大きく取り上げられ、ネガティブなイメージを持っている人が多い。生活保護の不正受給は全体の1%にも満たないにもかかわらず、残りの99%以上の受給者全員を悪者扱いするのはやめてもらいたい。日本の人権意識の低さを物語っているが、国民の当然の権利として一般的に認識されるようになることを願う。
漫画家の柏木ハルコさんは、友人が「法テラス」(法律相談所みたいなもの)で働いていて、窓口にやってくるさまざまな事情を抱えた人々をテーマにした漫画があってもいいのでは、と思ったのがきっかけで、生活保護をテーマにした漫画を描こうと思ったという。ありのままを描こうと、生活保護の受給者、市役所のケースワーカー、弁護士など、生活保護に関わるさまざまな人々を取材し、取材には2年半がかかったそうだ。
柏木さんは「生活保護を受給する人々について知れば知るほど、市役所の職員が大学を卒業してすぐにケースワーカーとして勤務する現状に驚かされました」と語っていた。柏木さんの漫画の挿絵でも、生活保護の現場に配属された若者が「ハァー…?‥何でいきなり福祉…?生活保護なんだよ…」とげんなりし、先輩職員らしき人物が「ハハ…まあ2・3年の辛抱だね…」となだめる一コマが紹介されていた。
この部分を読んで私もとても驚いた。生活保護を必要とする人々の事情はさまざまだと思うが、お金に困っているのだから、とてもセンシティブな問題を抱えていることが多いのではないかと想像する。そうした人々に対応する職員は、本来ならば、法律や、労働問題、貧困問題、人権の問題に関する深遠な知識、高いコミュニケーション能力、といった、幅広い専門知識と高度な人間的スキルが求められるはずだ。柏木さんも対談の中で「本来、(ケースワーカーとは)福祉のあらゆる分野に精通していることが求められる仕事です」と語っていた。
弁護士の安井さんは、「柏木さんの漫画で紹介されているような事例は、日頃の業務でも接することが多い」と述べた後、日本では、生活保護という制度が正しく浸透しているとは言い難い状況にあり、「生活保護を受けるのは恥ずかしい」「世間体が良くないから」と言って、生活保護を受けることに消極的な考えの人も多く、特に若い人にこういった考えの人が多く見受けられると語られていた。漫画を読む若い人は多いと思うので、漫画を通じて、生活保護のリアルを伝える意義はとても大きいのではないだろうか。
柏木さんは取材を通じて、「漫画家になれたことが自らの努力のみによって成り立っていないことを知ることができました。『運が良かった』と思えた」とも話されていた。私も社会のことを勉強するにつれて、「自己責任論」で片付けられないことが山のようにあることを知り、自分は運が良かったのだと思うようになった。たまたま運の良かった自分は、たまたま運のよくない状況に陥ってしまった人たちが、何度でもやりなおせるような、セーフティネットの充実したやさしい社会をつくるために、できそうなことは何でもしていかないとなぁ、と改めて思った。柏木さんはご自身の力が最も発揮できる手段を通じて、そうした社会づくりに貢献されていてすごいと思った。普段漫画を読む機会はあまりないのだが、この漫画は読んでみたいと思った。
『世界』2018年2月号(岩波書店)
『健康で文化的な最低限度の生活』(柏木ハルコ・作)
)関連記事