20170202

食べ物の方針

先日、まちなかにある輸入食品店で買い物をしていると、小さな子どもが「おばあちゃん、ここには自然の食べ物がわりとあるんだよ」と年配の女性の手を引いて入ってきた。

きっと親が食べ物に気をつけていて、一緒に買い物をしたりしているんだろうな、おばあちゃんにも大事なことを伝えたいと思って、手を引いてやってきたのかもしれないな、などと想像した。

私も食べ物に気をつけるようになって5年くらいになる。外食やお付き合いのときなどはあんまりルールを厳格に守ろうとすると楽しくないから、常に氣にしているわけではないが、基本的にはこんな感じに方針がまとまってきた。

〈加工品〉
1. 放射能汚染がない
2. 添加物(=台所にないもの)は使われていない
3. 白砂糖が使われていない
4. 化学精製塩が使われていない
5. (発酵食品の場合)天然の酵母で時間をじっくりかけて発酵させている
6. トランス脂肪酸・遺伝子組み換えの疑いのある油脂が使われていない
7. 原料に農薬が使われていない
8. 原料に化学肥料が使われていない

〈野菜など〉
1. 放射能汚染がない
2. 無農薬
3. 無化学肥料
4. 動物性堆肥を使っていない
5. 自然栽培(無農薬・無施肥・不耕起)
6. 固定種・在来種である

〈牛乳と卵〉
1. 放射能汚染がない
2. 低温殺菌である(牛)
3. 飼料が遺伝子組み換え飼料でない
4. 飼料にポストハーベスト農薬が使われていない
5. ホルモン剤、抗生剤などの薬物使用がない
6. のびのびとまともに暮らせる広い場所で飼育されている
7. 放し飼いである(鶏)
8. 夜は暗くして眠らせている(鶏)
9. 山地酪農である(牛)
10. 無理な妊娠をさせていない(牛)

いずれも下に行くほど、選択肢が狭まり、市販品を求める場合は、全てクリアするのがかなり難しいから、最低限添加物がなければ買うこともあるが、それでも最近では、近所のスーパーや食料雑貨店でも、もう少し多くの項目をクリアしているものが少しずつ出てきてうれしい。

こういう方針がなんとなくできる前は、自然食品店でなければ食べられるものはないと思っていたが、方針に照らして探してみると、産直やスーパーでも意外と見つかったりする。

私の方針をなんとなく知っている人は、「tom-tomに何かプレゼントしたいんだけど、tom-tomが喜ぶようなものはなかなか見つからない…」と苦言を呈すこともある。うるさくてすまん・・と申し訳ない氣持ちにもなるが、よくよく考えてみると、私の身体にわるいものがほかの人の身体にわるくないわけはないし、そういうものをあげざるを得ないという状況自体がおかしいということに思い至る。

何も知らない人から添加物が入ったお土産をもらったりすることもある。そういうときは、私は氣持ちが一番大事だと思っているので、氣持ちをありがたくいただいて、食べ物を粗末にするのも嫌なので、なるべく食べるようにしているのだが、下痢をしたり、口内炎ができたり、頭痛がしたり、イライラしやすくなったりすることがある。こういうふうになるのが不自然な食べ物のせいだと知らないだけで、私に限ったことではないと思う(私もかつては食べ物が一因とはわかっていなかったから)。わかりやすい症状が出ないとしても、複合的で長期的な体内汚染によってどんな身体になっていくかはわからない。

なるべく自然なものを選びたい人のなかには、「めんどくさい」と煙たがられて肩身の狭い思いをしている人もいる。「そこまで言うか!」と思うようなこともたまにあるけど、私は「うるさてごめんやでー」と笑い飛ばすようにしている。でも、自分がおかしいんだろうかと自分を責める人もきっといると思う。

自然なものを選びたいという願いがおかしいわけは絶対になくて、おかしいのは身体と環境に害がないと言いきれないものしか選べない状況のほうだ。もともと自然が自然なものを惜しみなく与えてくれているのに、必要もない不自然なことをして、どんどん自然から離れたいびつなものを安いから、便利だからとありがたがらせられる、そういうからくり自体がおかしいのだと思う。

相手の喜びや幸せを思って差し出すものが、相手の健康を害する可能性がある、というのは悲しい現実ではあるが、まずは現状を知り、不自然なものの入っている可能性が少しでも低いものを選ぶことで、いいものをつくっている人、つくりたい人を応援し、広めていく。そういう地道なことの繰り返しで、いい方向に進むことを少しは早められるのではないかと思っている。

野菜の自然栽培をしていても、いろんな食べ物の手作りをしていても、本来ならば、これが一番普通で無理がなくて合理的な方法だと思うのだが、市場経済に乗せる、グローバル化と対抗する、などの理由で、おかしな方向に突き進んできてしまったのだと思う。それでも少しずつ、おかしな方向に進んでいたことに氣がついて、より自然で愉しい方向にシフトしようという動きも大きくなっていることに希望を感じている。

以下の本は、現状がよくまとまっていて、対談形式なのもあって読みやすかった。

不自然な食べ物はいらない