20121120

自信の根源

自信の根源を外に求めていたときはすごく苦しかった。
それはそれは相対的な世界だったから。どこまでも上には上がいる。
いつまで経っても自信なんて持てそうにもなかった。

たとえ一番になったからといって果たして満足感を得られるのだろうか、
得られたとしてもほんの僅かな間だけとしか思えなくて、
何のために努力をするのかわからなくなった。

ふとした瞬間に、外の評価は商品のタグみたいなものなんだと気がついた。

難しい資格を持っていることは、
たとえばナントカ賞受賞、みたいな認証。

誰か有名な人に推薦をもらうことなどは、
たとえば「テレビで紹介されました」みたいなお墨付き。

どこか難しい大学に入ったことは、
たとえば、高いものしか売っていない店に置いてあるから
きっといいものだろう、みたいな売り場が与える高級感。

外の人が私を評価するときは
そういうものを参考にするから、タグももちろん大切だけど、
そういうタグがもたらす自信は危なっかしくて仕方がない。
外のことはいつ変わるかもわからない。
自信の根源を外に頼っていたらいつ転ぶかもわからない。

自信の根源を外ではなくて自分の内側に求めよう、
タグを取り払ったありのままの自分に自信を持ちたい、
外の評価がすべてじゃないんだと気がついて、
それからは努力は努力ではなくなった。

自分の内に自信の根源を持つために
毎日考え、行動し、積み重ねていく。
思ったままに、したいように行動しても、
人の道を踏み誤らない、そう自分を信じられる、
そういう状態に少しでも近づけたらきっと、
自信の種が心の奥に根を降ろすのだろう。

20121105

生まれも悪けりゃ、育ちも悪い

夕方散歩の帰り道、野川にかかった橋にさしかかると、川岸に白鷺がいた。私はよく見えるようにと、橋の脇の歩道に周った。

白鷺を眺めていると、「ちょっと、失礼」という声がした。
男性が私の足元にあったタバコの吸殻を火箸で拾おうとしていた。

「あ、ゴミですか、すみません」
私がよけると、彼はその吸殻を拾って素早く左手のスーパーの袋に入れた。白鷺に目を奪われて、足元のゴミは目に入っていなかったが、そういえば来るときにタバコを吸っている男がいたことを思い出した。路上にはほかにもタバコの吸殻、菓子の空箱、ビニール袋が落ちていた。

「結構あるものですね」
「世の中、生まれと育ちのわりぃ奴が多いから」
男性は手慣れた様子で、ゴミを袋に集めていった。その手つきから、きっと毎日のようにゴミを拾っているのだろうと思った。

「生まれも悪けりゃ、育ちも悪い。困ったもんだ」
男性はそう残して、ゴミを拾いながら、橋を上っていった。私は歩道を出て、家に向かって坂を下った。

男性の言葉は、ゴミを捨てた人の人間性そのものを否定しているのではないと思えた。行為を罵っているのでもなかった。その人の運命を残念がっている言葉だった。その人の更生を願いつつも、期待はしていない。

私にも拾えと言いたげな気配など微塵もなかった。ゴミを拾っていたのは、そこにゴミが落ちている、ないほうがいいから拾う、ただそれだけのシンプルな理由からなのではないだろうか。いいコトをしているつもりでも、優越感に浸っているのでもないのだろう。

男性の後ろ姿を思い出す。
「生まれも悪けりゃ、育ちも悪い。困ったもんだ」
力のある言葉だった。