翻訳できない世界のことば |
その続編のような作品『誰も知らない世界のことわざ(エラ・フランシス・サンダース著/前田まゆみ訳・創元社)』(The Illustrated Book of Sayings―Curious Expressions from Around the World[直訳すると「ことわざ絵本―世界中の興味深い表現」みたいな感じ])
誰も知らない世界のことわざ |
を読んだ。言葉を入口に世界に関心を持つきっかけとなるような絵本だと思った。
イラストもユーモラスで味わい深く、イメージがわく。どちらも、世界の広さと人類に共通する何かを思い出させてくれるいい本だった。本に載っている、言い表したいけど日本語ではいい言葉が思い浮かばなかったり、説明するしかないような感覚(だから「翻訳できない」なんだけど)が他の國のことばで端的にバシッと言い表されているのを見ると、行ったこともない國なのに「あーこれこれ!」という感じになって、やけに親近感がわく。
サンスクリット語のKALPA(宇宙的なスケールでときが過ぎていくこと)、ウルドゥー語のNAZ(だれかに無条件に愛されることによって生まれてくる、自信と心の安定)、チリの原住民の言葉ヤガン語のMAMIHLAPINATAPAI(同じことを望んだり考えたりしている2人の間で、何も言わずにお互い了解していること。[2人とも言葉にしたいと思っていない])など、説明されたらなんとなく想像はできるけど、経験したことがなかったり、腹に落ちて理解できているとは言い難いないなぁと思うような言葉もあった。
文化的な違いのおもしろさも感じられる。例えば、スウェーデン語の「エビサンドにのってすべっていく」(親の財力などのおかげで働かずに安楽に暮らす)。イラストにするとまたものすごくおもしろい。エビサンドがぜいたく品の代表とは、スウェーデンではサンドイッチが主食で、毎日のようにエビがはさめるのは裕福な家くらいだったのかなぁなどと、スウェーデンの暮らしを想像した。
英語でもBeing born with a spoon in your mouth.(銀のさじをくわえて生まれてきた[銀のさじは代々受け継がれてきた富を表すそう])ということわざがあると書かれていた。日本語だと「親のすねかじり」とか「親の七光」とかが近いかも、と思いついたが、やや軽蔑の色が強いように思う。
それから、ポルトガル語の「ロバにケーキ」ということわざもおもしろい。草が大好きなロバにケーキをあげても喜ばないし、真価がわからない。日本語では「馬の耳に念仏」などの表現があるけれど、さすがはカステラが伝来した國らしいことわざだと思った。
外国語と言えば英語が真っ先に思い浮かび、母語のベースがしっかりできる前に英語学習が始まったり、「もう英語だけでいいんじゃないの」みたいな意見があったり、そんなご時世だけど、古くから存在する言語や原住民の言語などには、深遠な哲学が根底に感じられ、世界中のさまざまな言葉がなくなってしまうのは大切な宝物を失うことと一緒だと思った。2009年の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の発表によると、世界に現存する約6000の言語中2500が消滅しかかっているという(参照:ナショナルジオグラフィック『 「研究室」に行ってみた。木部暢子』〈第5回 消滅危機言語をなぜ守らなければならないのか〉)。
そんな中でこういう絵本が出版され、ヒットしていることにささやかな希望を感じる。そういえば、卒業した大学に、世界中の絶滅しかかっている言語を探しに行って研究していて、いろんな音が出せるおもしろい先生がいた。あの先生の研究の真価が今になってようやくわかったような氣がする。
訳を担当された絵本作家の前田まゆみさんの本も大好きで、野の花絵本のシリーズは本のプレゼントにいいかも、とよく思い浮かぶ。
野の花えほん 春と夏の花 |
野の花えほん 秋と冬の花 |