【旧暦文月廿九日 白露 草露白(くさのつゆしろし)】
「あんなやつは許せない!」とずーっと怒っていたり、憎んだりするんじゃなくて、「あの人もすっかり癒されますように。本来の自分が望むことを見つけて輝けますように」と、その人の問題を手放せるようになったからかもしれません。
だからといって、わるいことをする人たちの思うがままにされるということではありません。そのままにしていたら、私はずっと怒りにとらわれることになるし、相手のためにもならないことがあるからです。可能であれば、自分の希望をよーく話して変えてもらうこともあります。私の働きかけによって相手が変わることがまずないと思ったら、あるいは、働きかけをしたいと思えなかったら、離れることにしています。
「許す」というのは、ずっとよくわからなかったのですが、わるいことをなんでもしたい放題にさせるという意味ではなくて、自分のなかから手放すということかもしれません。allow to doではなくて、let goなのかも、と思いました。そのわるいことを手放す、解放することで、自分が解放されて自由になるということなのかもしれません。
怒りや悲しみ、憤りなどのいわゆる「ネガティブ」と形容される感情のことを、私はわるいものだとは思っていません。ずっとその感情に支配されて抜け出せずになるのは、しんどいし、不健康だとは思いますが、出てきた感情を素直に感じて、なんでそう感じるのかを考えてみることで、自分が本当に望んでいることがわかるようになる、「わかる」に近づけるようになるのだと思います。だから、大切に味わって、私は本当はこうしたいんだ、こういう人間になりたいんだ、こういう世界を望んでいるんだ、とわかることに近づけたら、そういう感情に感謝して次に進んで行きたいと思っています。