20180612

作家や映画監督がオウム教祖の「死刑執行反対」というニュースの真相―事件の真相究明と再発防止のため

世間を震撼させたオウム真理教の事件。教祖の死刑の執行に、作家や映画監督などが反対しているというニュースを目にした。
オウム教祖の「死刑執行反対」 作家や映画監督が意見表明(共同通信 20180604 on 東京新聞)
生き延びろ!』『右翼と左翼はどう違う?』など、著書を読んだことがある作家の雨宮処凛さんが記事の写真に写っていて、「どういうことだろう?」と思って記事を読んだ。しかし、記事を読んでも、なぜ死刑執行に反対しているのかがイマイチよくわからなかった。

人権の観点から死刑に反対しているのか、それとも、被告の精神状態が正常ではないためにきちんとした裁判ができていないから反対しているのか。いずれにしても、この記事だけでは情報が不十分で、「あんな凶悪犯罪者、生き延びさせておくなんて許せない!」と思っている人たちに、雨宮さんたちが「何考えてるんだ!」と脅されそうだと思った。

雨宮処凛さん本人が、この動きについて書かれていたので興味深く読んだ。
第448回:オウム事件真相究明の会、立ち上げ。の巻(By 雨宮処凛  2018年6月6日 on マガジン9)
タイトルからして「真相究明?こんなの記事になかったよね?」という感じ。記事には、死刑執行に反対していることしか書かれていなかった。死刑執行に反対しているのは真相究明のためなのだ。雨宮さんはこの記事で次のように綴られている(太字は筆者)。
「あれだけの凶悪事件を起こした奴らなのだから一刻も早く死刑にしなければ」という意見の人もいるだろう。が、ここで問いたいのは、すべての裁判が終結した現在、オウム事件の動機を含めた真相、全貌が解明されたと言えるだろうか、ということだ。

 なぜ、地下鉄にサリンが撒かれたのか。なぜ、あれだけ多くの人の命が奪われ、多くの人が人生をメチャクチャにされなければならなかったのか。なぜ、一介の宗教団体があのような事件を起こすに至ったのか。

 これらの問いに裁判が答えたのかと問えば、答えは明らかにNOである。
松本智津夫被告は、精神が「昏迷」(昏睡の一歩手前の状態)の状態にあり、排泄もままならず、「突然の大きな物音にも無反応なほど重度の意識障害」で、事件について裁判で何も語ることのできない状態にある。衛生夫さんの証言、娘の麗華さんの証言、公判を実際に公聴してきた人の証言からも、精神障害の「フリ」ではないことがよくわかる。動機も解明されていないまま、死刑になってしまえば、これらの問いが永遠に解明されないままになってしまう、という危惧から、雨宮さんたちは死刑執行に反対しているのだとわかった。

動機がわからないまま、事件の真相究明ができないまま、死刑が執行されてしまえば、「弾圧の果てに殺された殉教者」というストーリーが作り上げられていく可能性もある、と雨宮さんは指摘する。事実、オウム真理教は「アレフ」などと名前を変えて残っている。再発防止のために、事件の真相究明は不可欠であり、そのためには、教祖に適切な治療をし、精神状態を回復した上で、事件の真相を語らせなければならない。だから、今の時点での死刑執行に反対しているのだ。

案の定、「『オウムを利する』『あいつらの味方なのか』という声も届いている」そうだ。しかし、そうではないということが、本人の言葉を読むとよくわかる。

一審判決公判を傍聴した森達也さんの言葉にも、報道って何なんだろうと考えさせられた(太字は筆者)。
「一言で言って、仰天しました。ほぼ歩けない状況です。被告席に座りました。ずっと同じ動作を循環してます。具体的にいうとこの辺に手をおいてこの辺をかいて、顔をくしゃっと歪めて。これずっと循環してるんですよ。動物園の動物、たまにいますよね。同じ動作を繰り返す、典型的な拘禁障害、初期症状だと思いました」
 「昼休み、顔なじみの記者何人かと会いました。『どうなの麻原』って聞いたら、『もうダメでしょう。おむつしてるのわかりましたか』。腰回りが確かに異様に膨らんでました。『もう大小便垂れ流しですよ』と記者の人たちはいうんですね。でもそれが記事になることはない。当然、判決は死刑です。その日の夜のテレビのニュース、翌日の新聞、だいたいみんな使うのは法廷画家が描いたイラスト。全部どこを使ったか。顔歪めたところです。キャプションでなんと書くか。『遺族を嘲笑』とか、『高笑い』と。あれ、発作ですよ。でも記者たちの『あれだめでしょ』って言葉は紙面に乗らない、電波にも乗らない。僕はその傍聴したことを共同通信、朝日に書きました。黙殺でしたね。ほぼ。どれほどの反発がくるかと思ったらほぼ黙殺。多少あった反響は、詐病だってこと、なんでこのバカは見抜けないんだとかね」
記者の人たちも、本当に見聞きしてきたことを会社向けには書けない苦しさがあるのだろう。報道を見ているだけではわからないことがたくさんある。だが、今は探せば本人の言葉が見つかる時代。インターネットというのはなんともありがたい存在だ。たぶん今後、テレビや新聞しか見ていない人に「あの作家たち、許せないよね」みたいなことを言われることもあるだろう。そういうときには、こういうことらしいよって、本人の言葉から知ったことを伝えたいと思う。

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