20180605

占星学(星占い)について思うこと

10代のころ、朝学校へ行く前にはいつも茶の間にテレビがついていた。7時前になると星占いが放送されていて、自分の星座が1位でも懐疑的な気分になり、最下位だとがっかりしたものだった。新聞や雑誌にも星占いはつきものだ。星座はだいたいひと月くらいの期間で区切られる。同じひと月間に生まれた人はみんな同じ性格で同じ運勢なのかと、星占いには昔から抵抗があった。

星占いの話になるとどこか冷めた目で見ていたし、ずっと距離を置いてきたのだが、一般的な星占いは、生まれたときに太陽があった星座(=太陽星座)しか見ておらず、本来は、月、水星、火星、金星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星がどこの星座にあったのかも観るものだと知って、それは人ぞれぞれ全然違いそうだと思った。生まれたときのホロスコープ(=ネイタルチャート)というのは、宇宙からどんな可能性の種をもらって生まれてきたのかを知れるもの、と聞き、興味を持った。星々がずっと応援の気持ちを送ってくれていたのなら、無視していて申し訳ない気もした。

星と星がどのような角度を取っているか(アスペクトと呼ばれる)によっても違いが生まれてくる。生まれた時間と生まれた場所の緯度経度がわかれば、生まれたときに東の地平線に何座があったか、それから天頂に何座があったかを基準にハウスを切って(この方法はプラシーダスハウスシステムといい、他の方法もある)、どのような可能性を持って生まれているかを観ることもできる。

惑星の星座(サインとも言う)、星と星のアスペクト、ハウスという3つの要素だけでも十分、かなり複雑に個性が見られる。さらに、星座のエレメント(火・土・風・水に分かれる)、星座の宮(活動宮・不動宮・柔軟宮に分かれる)を見たり、惑星がどの星座を本拠地にしているかを見たり(ルーラーや支配星と呼ばれる)、星座の中での角度(0に近いほど生まれたて、30に近いほど熟成と言われる)を見たり…、ほかにもさまざまな読み方がある。

いろいろな占い師の方が「~星が…座にある人はナントカ」「~星と…星がこのアスペクトを取っている人はホニャララ」などと断言するのだけど、自分の人生や人間性を他人の言説に任せておいていいのだろうかとも思った。特に蠍座は何でも性的なことに結び付けられていて、もし自分が該当したとしたら「嫌だな」ということがよく書かれていた(本当はそんなことないのだけど)。信じなければいいのだが、ちょっと聞いてしまうと(見てしまうと)、暗示がかかってしまうような気もする。せめて何を根拠に決めているのかくらいは、知っておいたほうがいいと思い、占星学の本を手に取った。

「手に取った」と書いたけれど、手に取る前に、占星学なんて迷信みたいな感じもするし、変に信じすぎて自由に動けなくなっても困るし、などと、迷っていたときに、ライターで占星学に詳しい石井ゆかりさんの星読みの本が抽選で当選して(直筆のメッセージまで入れていただいて)届いた。それで、覗いてみるだけなら…と石井ゆかりさんの『星占いの教室ノート』を買ってみた。複数の考え方を参考にできればと思って、他の占星学をされている方の本を探していたら、近所の雑貨屋さんで鏡リュウジさんの『はじめての占星術』という本が目に入った(絶版なのか新品は実は入手困難だったよう)。荒井良二さんの絵に一目惚れして買った。

いろいろな本を読んでみて、少しつかめてきたころ、友人が占星術師に見てもらったと言ってホロスコープを見せてくれた。見てみると、『はじめての占星術』に書かれていた図とまるっきりそっくりで、言っていることもほぼそのまま。複数読み比べずに、自分なりの読み解き方を鍛錬せずに、プロとして仕事をしている様子がわかって驚いた。私も何も知識がなければ、「そんなことまでわかるんだね~」みたいに感心していたかもしれないけど、ネタ元を知っているだけに、「パクリちゃうんかい!」とツッコミを入れたくなってしまった。そんなにお金を払わなくても、この本で勉強したら全部書いていたのに…と、その友人のことも気の毒になった。

プロになるには練習が足りないような気がする人がお金をとって占いをしていて、その人に言われたことに右往左往、一喜一憂する人が多少なりともいるというのは残念なことだと思う。中途半端な占いでがっかりするくらいなら、自分で占星学の本を読んで、自分のホロスコープを読み解いてみることをおすすめしたい。ちょっと読んでみると面白い。セカンドオピニオンでいろんな人に見てもらうこともいいかもしれないけど、ネタ元が同じだったりすると同じことを言われて余計に「ガーン」となるリスクもある…。お金もかかってしまうだろうし。

自分で読むようになって分かってきたのは、占星学というのは象徴から読み解くものだということ。惑星の持つ象徴(木星は「拡大・発展・成長」とか)と、星座の持つ象徴(牡羊座は「始まり」とか)の組み合わせで読み解いていくので、人によって解釈は全然違うし、性格や人生にどういう形で出るかも人によって違う。一定の傾向というのはあるかもしれないが、だれでも同じようになるわけではない。それに人生経験の豊富さ、(占星学に限らず)知識の幅、視野の広さなどによっても、解釈の深さと広さが全く変わってくる。

本である程度の仕組みや意味合いがつかめたら、自分やよく知っている人のホロスコープを見せてもらって読み解いてみると、理解が深まってくる。自分の人生や性格と、ホロスコープに散らばる象徴を組み合わせて読み解いていくと、「この星がこの星座にあるからこういうところがあるのか」とやけに腑に落ちることもあるし、「この星がこの星座にあるから課題はこれっぽいけど、そういやもう乗り越えたかも」みたいなことも分かったりする。

占星学は、本当は人生に役立てるためにあるのだと思う。道標や参考資料、方位磁針…そういった道具で、役立てられることを希望しているのだけれど、占いにこう書かれていたから、こう言われたから、と自分の人生や性格を悲観したり、諦めたり、振り回されたりするのでは、本末転倒だと思う。そういう言い方をする占い師もよくないけれど、そういう人たちがいるという事実を変えるよりもは、自分でどう役立てるかを考えるほうが簡単かもしれない。どう役立てるかを考えるうえで、占星学の仕組みや考え方を勉強できたことはとても有益だったと思う。

本当によくわかってくれる友人たちだけに星読みの話をしたことがある。おもしろがって、「もっと占いをやったらいいのに」と言ってもらうこともある。でも、もし、もっと占星学の知識を深めて、ホロスコープを読み解けるようになったとしても、星の言葉は使わずに、その人の人生にプラスになること、その人が抱えている問題の解決に向かいそうなヒント、その人が自分自身をもっと肯定的に捉えられるようになるようなことを、日常的な別の言葉で伝えたいと思う。占星学の言葉を使うことで、相手がわるい暗示にかかってしまうと望ましくない。ある巧妙なお坊さんが「本当に能力のあるヤツっていうのは、何も言わずに解決してしまうんだよ」と言っていたのをなんとなく肝に銘じたい。

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