20160911

「陰口」ってなんだ? 

打ち明け話をされた後で「ごめんね、こんな陰口言って」と謝られたり、明らかに理不尽な目に遭っていそうなのにいいことしか言わなかったり、「なんでそうなるの?」と腑に落ちないことがあります。

「陰口」ってなんだ? 

いわゆる「陰口」=本人の前では直接言えないこと、には2種類あると思いました。

1つは、本当の「陰口」や「悪口」と言われるもの。卑怯さから起こるもので、本人を前にして言えば、ぴしゃりと言い返されてしまうような嘘やつじつまの合わない批評などです。事実無根の悪評や、発言の一部を取り出して尾ひれはひれをつけた話などもそうだと思います。

本人を前にして言えば、負けるのがわかっているので、本人にはとても言えないから、本人の前では言わない。陰で何もわからない人に吹聴すれば、その人のイメージを下げることができると考えて、本人のわからないところで言いふらすこともあります。悪意に基づいた行為です。

もう1つは、真実ではあるけれど、物事を円滑に運ぶための知恵や相手への配慮から言わないもの。本人に直接言うと、なんらかの危険が伴うために言えない、という類いのものです。

本人に直接言うと、命の危険があったり、そこまで行かなくても、人間関係がぎくしゃくするのが嫌だとか、お金を払ってもらえなくなるかもしれないとか、あるいは、傷つけそうだから言わないでおくほうが賢明だとか、そういう理由で、真実でも言わないでおくのですが、やっぱり、モヤモヤが残るので、気心の知れた人に打ち明け話をする。

前者と後者が入り混じっている場合もあって、きれいに分かれるとは限りませんが…。後者は私は「陰口」とは言えないと思うのですが、これも「陰口」に含まれると考えている人も多いようです。

後者の場合、真実であるならば、私はなるべく本人に伝えるようにはしています。そのほうが本人のためになるし、私の思い違いであれば、相手からの反論によって、誤解に気づくことができるからです。言葉を慎重に選びながらになるので、かなり心に負担がかかります。

それでも最近は、なんでもかんでも真実なら言えばいいというものでもなく、これは言わないでおいたほうが円滑に行く、ここは相手がプライドを感じている部分だからいくらいいことでも言わないほうがプライドを傷つけないで済む、重要な部分はずばっと言ったから、細かなところまで指摘したら受け止めきれないだろう、など、いろいろな配慮が働いて、言わないこともあります。そのときはなんとなく流してしまったけど、後から考えたら変じゃないか?と気づくことも。

言いたいけど言えなくて引っ込めた言葉は、なくなるわけではなくて、出さないと身体にわるい感じがするし、いつまでもそのことを引きずってしまう感じがあります。

八つ当たりみたいにその出し方を間違ったらいけないけど、きちんと整理して、何が嫌だったのか、なぜ嫌だったのか、本当はどうしたかったのか、次はどうすれば嫌だったことを防げるのか、防げないのであればどうやって乗り越えていくのか、などを考えることは、大事な学びになると思います。

一人で解決できることもありますが、他の人の意見を聞きたいときもあります。そういうときは、何があったのか、自分はどう考えているのかを話します。もし、同じような嫌な目に遭う人がいるかもしれない場合には、本人には言わなかったことでも、実際に起こったことを伝えて、未然に被害を防ぐことも大事だと思っています。

私も他者から打ち明け話をされることがありますが、それは真実であれば、自分の学びにもなります。同じようなことが起こった場合にどうするのかを考えたり、あるいは、問題の人物が自分ともつながりのある人であれば、対処方法を考えたり。

本人を前にせずに語られることが、だれかに対する悪意に基づいたものであれば、それは悪口や陰口ですが、真実に基づいた全うな批評であれば、それは悪口や陰口ではないと思います。

円滑に物事を進めるための知恵や相手に対する配慮から引っ込めた本音は、悪口と混同しないほうが健全ではないでしょうか。この2つを混同してしまって、つらいことを一人で抱え込んで悶々としたり、現実から目をそむけたりしていても、前に進んでいかないと思います。自分が嫌だと感じたことについて、きちんと整理しておくことや、第三者の意見を聞いてみること、被害の及びそうな人に予防のために伝えるということは、自分だけではなく、他人のためにもなることかもしれません。

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