20160902

「言葉狩り」?…そう言われましても、それが仕事なものですから。

「言葉狩り」という言葉をご存じでしょうか?

私が初めてこの言葉に出会ったのは、ツイッターでのことでした。政治のことを真剣に考えて発信を続けている活動家の方がツイッターで、「馬鹿」と書いたときに、「馬と鹿に失礼です。カタカナでバカと書くべきです」というリプライがあったらしく、この活動家の方が、「どんっだけ言葉狩りなんだよ!」と激怒しているツイートを見ました。それが初めての出会いでした。

そのツイートは、動物愛護には全く無関係な話でした。短文を瞬時に配信するというのがツイッターだと思いますが、そのプラットフォームの性格上、何度も推敲はせずに、政治的に重要な話を速報として流した投稿だったので、そこで「馬と鹿に失礼」というのは揚げ足取りというものです。確かに、これは「言葉狩り」だと怒るのも理解できると思いました。

こんなふうに、メッセージの最も重要な部分にはほとんど影響のない部分で、言葉の細かな部分に難癖をつけることを「言葉狩り」というようです。

私も先日、他者から初めて「言葉狩り」と言われました。翻訳の仕事でのことです。

翻訳は翻訳者だけでするのではなくて、翻訳者が翻訳を一通りした後、チェッカーさんや編集者さんなど、複数の人と議論をして最終的な表現が決まることもよくあります。新聞記事や検定試験向けの語学書などでは、もう編集者さんにバトンタッチしてお任せ、というパターンもありますが、訳者の名前が明記される場合には、相談してもらえることが多いです。

原文の意味やニュアンス、持ち味や雰囲気から離れていないかどうか、日本語として適切かどうか、どうしても伝わりにくい場合にはどの程度まで英語から離れることを許すのかどうか、などを、細かく複合的に考えながら、訳語を決めていきます。

提案されている日本語が、口語としては使われていても書き言葉としては正式ではなかったり、コロケーションが不適切であったり、男女差別が根底にある言葉であったり、品性に欠けていたり、といった場合には、一つ一つ言葉を挙げながら、これはこういう感じがするのでこっちに変えましょう、みたいな議論をします(聞く耳を持っていて理解力のある相手だと、どんどんいい表現に進化していって楽しい作業なのですが、そうでないことも多い)。

こんな感じで先日、赤字が入った原稿に対して、この言葉は正式な日本語ではない、とか、二義に取れるのでこっちにしたい、とか、これは男女差別だからこっちに戻したい、とか、この形容詞はこういう言葉にはくっつかないとか、原文とかけ離れすぎている、などといった意見を伝えていたら(これらはかなり端的に箇条書きにしたもので、実際にはもっと丁寧に伝えています)、それが「言葉狩り」だと言われたのです。

ちょっとうるさすぎたかな(よく読んでいただいている方はお察しかと思いますが、私は言葉に敏感すぎて日常生活に不便があるくらいなので)とも思ったのですが、冷静になってよく考えてみると、「………ってか、言葉狩りが仕事やないかっ!」と思いました。

校正では、漢字で書くか、平仮名で書くか、送り仮名をどうするか、表記の統一ができているかどうか、そういう細かいところのミスを見つけて正していくのも仕事であり、まさに「言葉狩り」をひたすらしていきます。ただ、それで意地悪な揚げ足取りをしたりはせず、淡々と揃えていくだけなので、もちろん、「言葉狩り」というのは不適切です。でも、私が表現について議論していることを「言葉狩り」というのなら、普通に校正することだって「言葉狩り」です。

翻訳者にしても、編集者にしても、校正者にしても、ライターにしても、コラムニストにしても、小説家にしても、言葉による表現を扱う仕事をしている人間は、言葉の細かなニュアンスやコロケーション、使われる文脈、語源、背景、音が与える印象などに、敏感である必要があるのではないでしょうか。敏感になった上で、少しでも違和感のある表現はブラッシュアップしていくのが仕事です。ある意味、「言葉狩り」が仕事なわけです。それを「言葉狩りすんな」って言われたら、「まともに仕事すんな」って言われてるのと一緒です。

よくネット上で攻撃されているブロガーさんが、「言葉狩り」のようなレッテル語を、「頭を一ミリも使わないdisりワード」(disる[読み:でぃする]=攻撃する、こきおろす)と言っていましたが、まさにそうだと思います。こういった言葉は使わないのが一番ですし、もし言われた場合にも、その批判は的を得ているのかどうかを考えてみて、的外れであれば気にしないのが一番(気になるものですが)。そもそも、こういう頭を全く使わない蔑称をつけて喜んでいる人というのは、それほどよく考えて言葉を使っているわけではないので、的を得ていることはほとんどありませんが…。

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