20160909

ちきりんさんのブログのスタンスに共感した話。

ちきりんさんという有名なブロガーさんがいます。以前にも、ツイッターとフェイスブックの世界の違いについて書いたときに、ちきりんさんのツイートのまとめをご紹介しました。社会で起こっているさまざまなことについて、考えられたことを書かれています。

相方がブログで収入を得ることを考え始めたころ、参考になりそうだなあと思ったので、ちきりんさんのブログのスタンスを書かれた本『「Chikirinの日記」の育て方』と『「自分メディア」はこう作る! 』を読みました。


アクセスアップを狙っていなかったというところなど、ブロガーの本ではかなり異色でおもしろかったです。中身へのこだわりにも共感するところが多かったです。

特に印象に残ったのは、自分の頭で考えてもらいたいというスタンス。ちきりんさんのブログは、あくまでもちきりんさんが考えたことを書いたものであって、正解を示しているわけではない、自分で考えてみて欲しい、というスタンスが素敵だと思いました。

肩書や経歴、卒業大学などが明らかだと、記事の中身ではなく、そういうレッテルで正しいかどうかを考えようとする人がいるため、それは避けたいということで、経歴などは伏せたまま、どこのだれかもわからない匿名でブログを書かれています。

ブログ記事を書く際にイメージされているのは、
「飲み会で、友だちに伝えたいことを一生懸命に話している私の声を書き起こした文章」(『「Chikirinの日記」の育て方』)
なので、論文のように資料を当たったり、論理性を研ぎ澄ませて書いているわけではなく、ときどき、ニュースで流れたけど誤報だったと後からわかったものがそのまま残っていたり、「え、その結論でいいの?」と(私は)思ってしまう記事もたまーにあります。

でも、それがまたいいのだろうと思いました。完全に頼れるソースになってしまうと、読んだ人がちきりんさんの頭脳を当てにして考えなくなってしまう。ゆるい感じで考えたことを書かれているために、読み手はそのまま鵜呑みにすることなく、本当かどうかを、論理的または倫理的に正しいと言えるかどうかを、自分の頭で考えて判断しなければならないのが、読み手の甘えを防ぐ上でとてもよいのだと思います。

私も、ブログにいろいろ考えたことを書いていますが、以前にも書いたように、アクセスアップとかはあんまり考えていなくて、思ったことを自由に書けるところがほしいというのと、自分の意見を持つということ、声をあげるということが普通になってほしいという願いがあって、それをこの世に実現する一人として書いていきたいというのが、ブログを続けている理由です。

私がブログに書いていることも、あくまでも、「私が」考えたことを記しているだけで、正解を提示しているのではありません。一つに定まる解などないのではないでしょうか。いろいろな情報を考えあわせて、真剣に考えた上で、私が正しいと思うことを書いていますが、誰もにそれを正しいと考えてもらいたいとは考えていません。みんなにそれぞれ自分の頭で考えて意見を持ってもらいたいと思っています。真剣に考えた結果、異なる意見になる場合があることは当然だと思うし、違う意見があるからこそ、議論は発展していくものだと思います。

私が書いていることは、間違いもあるかもしれません。人間ですから、誰しもそうだと思います。だから、みんなでそれぞれ責任を持って考える。異なる意見を交わして、事実の誤認や思い違い、見落としていた重要な事実などに気づき、よりよい解決策へと発展させていく、それが一番大事なことではないでしょうか。議論は勝ち負けではないのですから。

私が書いていることが、読んでいただいた方がご自身で考える契機となったり、あるいは、考える材料にしていただけたり、そういう面で役に立てていたらうれしいです。

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