20160813

integrity――正直者はバカをみる?

integrityがある、integrityがないという言い方を耳にすることがあります。

integrityとは、裏表がない態度、人によって意見を変えないこと、一貫性があること、という感じでしょうか。辞書では「高潔、誠実」などの訳語が載っていますが、ぴったりはまる日本語がないので、そのままインテグリティとカタカナで書かれるときもあります。

欧米では、このintegrityという要素は重視される資質だそうです。この前読んだ『日本はなぜ、原発と基地がやめられないのか』という本に、日本の政治家や官僚は、国民に対する顔と、アメリカに対する顔が異なるため、アメリカの政治家や官僚から、「integrityがない」と心の底から軽蔑されている、というようなことが書かれていました。

日本の場合は、臭いものには蓋をする、嘘も方便、長いものに巻かれる、そういうものが正当化されることがあるので、integrityはどうでもいいのかもしれません。

しかし、私にとっては、integrityというのはとても大切な要素です。自分の行動や言動が「integrityを欠いていないか?」ということは常に気にしています。

おかしくないか?と思うことは、陰口を言うのではなく、本人に言う。本人に対してはきれいごとを言い、その人に対する不満を別の人に言うというのは、本人に対する態度や言動と、不満を打ち明ける相手に対するそれが、違っています。integrityに欠けます。

何かおかしいことをされたときに、腹に溜めたり、泣き寝入りしたりということをしないので、おかしいことをしてきた人とはたいてい仲違いします。もちろん、不必要に指摘することはなく、今後の関係や予想される成り行きを考慮したときに必要だと考えられる場合に限ります。

このときに、頭ごなしに相手がおかしいと決めつけるのではなくて、事実に基づいた根拠を上げた上で、事例→論拠→主張という論理のピラミッド構造に気をつけながら、自分がなぜそう考えるのかを説明します。お互いに、どちらがまっとうかを理解できるように、論拠と事例をテーブルに広げます。私の思い違いだとわかる場合もあるし、相手の誤りだと認められることもあるし、両方とも違う場合もあります。ただ、残念なことですが、誤りを素直に認められる人はほとんどいません。

誤りを素直に認めるというのは、自分の知性や倫理性に確固たる自信があるからこそ、できるものなのだと、毎回のように実感します。

誤りを素直に認めることなく、ふんぞり返ったり、開き直ったり、高圧的な態度をとったり、議論をしている相手のアラ探しをして一つでも見つかると鬼の首をとったようにする人もいます。まぁ、そういう偉そうにする人というのは、本当は自分ができないことを、腹の底では知っているのではないかと思います。

自分ができないことを知っているけど、認めたくないから、偉そうにしてそれを指摘されないようにしているのでしょう。だから、指摘されると逆上したり、全然関係のないことで攻撃してきたり、詭弁を使ってごまかしたり、という反応になることが多いです。それに対して、私は泣き寝入りしないので、詭弁は追求するし、無関係なことでの攻撃であれば論理破綻を指摘する。だから余計に嫌われるし、攻撃されます。

おかしくないか?と思うことは、必要とあらばなんでも言ってしまうので、友だちも少ないし、仕事も減る。でも、いいのです。integrityのある人しか残らないので、嘘や詭弁に振り回されることがないし、建設的な議論ができない人とは仕事をしないで済みます。少しずつでも、まわりに尊敬できる人だけが増えてきます。

こんなふうになんでも言えるのは、自給自足に近い生活で、なんでもつくる暮らしになったから、というのも大きいです。高すぎる税金が払い続けられるだろうか、という心配はたまにあるけど、とりあえず、仕事がなくなっても、食べてはいけるので…。それでも幸い、仕事を一緒にする人たちの中で、尊敬できる人たちの割合がずっと増えてきていて、仕事の面でも、人間としても、学ぶことが多くなっています。

一緒にいると、自分が正しいと思うことを貫き通せない、自分が自分らしくある妨げになるような友人は、友人とは言えないと思うのです。そういう人には、そういう人に合う人がいるはずで、なにも自分が相手をしてあげる義務はないと思います。自分を殺して大勢とつるむくらいなら、孤独に自分を生き続けたほうがましだと思う。

でも、実際には、自分をまっすぐに生きていれば、孤独な時期があったとしても、やがてはお互いに自分らしくあれる友人ばかりに囲まれて、お互いに成長しあえます。自分のことを振り返ってみると、小学校と中学校では孤独でしたが、高校では卒業して群れのようなグループの枠外で付き合えるようになってからまともな付き合いができるようになった友人が数人います。大人になってからも、本当にお互いの成功や幸せを思い合える友人が少しずつではありますが、増えています。いい人だと思って付き合っていたら、化けの皮が剥がれて距離を置くこともありますが…。正直に生きていれば、相手の化けの皮が剥がれるのも早いので、危機管理上もよいと思います。

正直者はバカを見る、という言葉もありますが、最終的に幸せなのは正直ものだと私は思います。